第1章 心構え

まず自分から

ここまで話した心構えを持ち続けることがスマートゼネコンマンの基礎となるが、そのためには、どんな状況でも「まず自分から」やることが大切だ。

先述したように「1.01の法則」も、いきなり他人の力を借りようとしてもうまくいかない方が多いから、「なんだ、たった5分も手伝ってくれないのかよ」となってしまいがちだ。それではスマートゼネコンマンになれないどころか、コミュニケーションは悪化する一方で、やがて職人の1を発揮してもらうこともできなくなり、1+1=0になることにも繋がるだろう。

そこまでいかなくても、もしあなたが「誰かがやってくれないから」とまず相手を批判してしまうようなら、そこから悪循環が生まれる。今までも、人間関係が原因で業務がうまく進まなかった経験を大なり小なりお持ちではないだろうか。

その悪循環を断ち切る唯一の方法が、「まず自分から」にシフトすることだ。

僕はこの考え方をより深く追求したくて、色々な自己啓発系の本を読んだり、セミナーに行ったりしたのだけれど、その中でも最も感銘を受けたのは、永松茂久さん(株式会社人財育成JAPAN 代表取締役)の「For ‒ you精神」だ。詳しく知りたい方は是非ご自身で調べてみてほしい。何事も、やっぱりまず与えることから始めた方がうまくいくようだ。

まずは誰かの業務を進めるために5分間でいいから、自分から声を掛けて手伝う。そして自分は、常に1を発揮できるよう体調や身の回りの環境を整えておく。これだけでスマートゼネコンマンに近づくはずだ。それでもなかなか、「まず自分から」にシフトできない人もいると思う。

特に現場監督という仕事は、どんな経歴であろうとも、現場監督になったその時から職人に敬語を使われて、「監督さん」と上の立場になる瞬間を体感することになる。自分が偉くなったと勘違いしてしまうのも無理はない。その状態にある場合は、「まず自分から」にシフトするのは難しいかもしれない。

僕はあまりテレビドラマを見ない方だけど、何か虫の知らせのようなものがあって、急に見る時がある。あるいは、DVDをレンタルしたり、You Tubeで見たりするのだけど、その虫の知らせで出会って、とても参考にしているドラマがある。

特に、「まず自分から」にシフトできないあなたには是非、フジテレビ系列で放送された『リーガルハイ2』というテレビドラマの最終回をご覧頂きたい。世に空前の『半沢直樹』ブームを巻き起こした堺雅人さんが主演を務め弁護士を演じる、法廷ドラマだ。

考えてみると、弁護士や司法書士、税理士などのいわゆる士業の人たちも、現場監督と同じような状況かもしれない。経歴や年齢、性別に関係なく、弁護士になったその瞬間から「先生」とお客さんに言われたりすると、ともすれば自分が偉いと勘違いしてしまうのだと思う。

そんな相手弁護士を、堺雅人演じる古美門研介(こみかどけんすけ)弁護士が痛烈に論破するシーンがある。その言葉の端々は、何回聞いても深く考えさせられる素晴らしいドラマだと僕は思っている。もちろん、この最終回に限らず、『リーガルハイ』は様々な場面で人間の性について考える機会を視聴者に与えてくれる。

そうやって色んな考え方に触れてみた時、自分は、本当は一体なにができるのだろうか、と改めて自分を見つめなおすことができれば、今はまだ「まず自分から」にシフトできないあなたでも、小さなことでもまず自分からやってみよう、と思える可能性があるはずだ。

「まず自分から」が現場を変えた大きな事例はいくつかあるけど、僕の尊敬する後輩Mも、正にそれを実証したスマートゼネコンマンの一人だ(正確にはウーマンだけど)。

Mと初めて出会ったのは、僕が職人を入院させてしまった、あのトラブルを起こした現場だった。1年後輩のMが、現場監督の研修先として僕の現場に配属されてきたのだ。明るく活発な性格のMは、言葉使いこそまだ学生気分が抜けていなかったが、とにかく人とコミュニケーションを取るのが上手だった。また、何をするにしても効率よくテキパキとこなし、上昇志向の強い人材だった。

そんなMが、現場で職人とコミュニケーションを取って段取りしていく僕を見て、現場監督としての目標にしてくれたのだ。後日、「仕事の仕方を教えてください」と素直に言われ、僕もその当時知りうる全てのことを教えたと思う。言葉として「まず自分から」と言った記憶はない。だけど、日々の業務姿勢から、そのようなことを感じ取ってくれていたのだと思う。

僕が先にこの現場を異動になってからは、Mと同じ現場で働くことは最後までなかったが、1年を共にした当時の現場の同窓会などには必ず誘ってくれたし、僕がゼネコンを退社して神戸に戻ってきてからも、何かあった時には連絡をくれる、そんな関係が続いていた。転職して1年ほどたった頃だったと思う、Mと東京で会うことになり、お互いに情報交換をする中で色々とMの武勇伝を聞かせてもらったのだ。

それは、Mが入社6年目くらいの話だっただろうか。もう全く予定工期に間に合わないと思われる現場の応援で配属されたことがあったそうだ。現場全体の士気も低く、Mが来た事にもまるで興味もなければ、期待もされてない。職人もあきらめムードだったそうだ。まさに1+1=0の状態だったのだろう。結論から言うと、そんな状態の現場が、Mの参戦によって化学反応が起きた結果、絶対無理だと言われた予定工期を守って完成してしまったのだ。

この現場のことは僕が既に退社した後の出来事なので詳しくは書けないけど、Mが僕に語ってくれた、この奇跡のような物語は、「鳶土工、型枠大工、鉄筋工など全ての協力業者に対して、職人を束ねるリーダーである職長に、私に何をしてほしいか聞いて回ったんです」という出だしで始まった。まず自分から動き、職人たちの願いを叶えることにMは全力を尽くしたのだ。

その結果、今度は職人がMの言うことを聞いてくれるようになり、現場がスムーズに進み始めた。つまり、1+1=3に、それどころか5にも10にもなり始めたのだ。

こうなると現場はどんどん加速していく。ランナーズハイ、水を得た魚のようなものだ。どんな過酷な状況にあっても、こうなると現場は決して負けない。

これらを引き起こす全てのカギが、「まず自分から」なのだ。

そう思うと、まだシフトできないそこのあなたも、今の自分を少し変えてみたくなってこないだろうか。

この事を嬉々として話してくれるMは、とてもかっこよかった。

Mに色々と教えていた現場から僕が異動になった時、彼女は「中根さんを超えて見せます」と言ってくれた。

それから7年、当時の僕が教えたことを全て吸収した上で、更に自分なりに進化させて、誰にも真似できないような成果を挙げていたMは、僕を超えるどころか、とてつもないスマートゼネコンウーマンになっていた。

自分のしたことで人が育ってくれて、大きな成果を挙げてくれた。そのことにとても感動したことを、僕は今でも鮮明に覚えている。

※本記事は、2020年5月刊行の書籍『スマートゼネコンマン~残業なしで成果を出す次世代現場監督~』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。