第1章 心構え

トラブル大歓迎

いきなり前向きすぎてドン引きされそうなタイトルで申し訳ない。でも、これこそがスマートゼネコンマンになるために、最も重要な基礎だと断言できる。

僕がこの言葉に出会ったのは、入社後すぐのオリエンテーションの最中だった。オリエンテーションでは、先輩社員の方たちが、誰もが知っているような有名な建物の建設に携わったという輝かしい経歴とともに、現場でのひと苦労、それ以上の達成感などといったエピソードを高い熱量で話してくださり、壮大な夢に希望がふくらむ時間だった。

その中の一人の先輩社員が、現場監督時代の様々な失敗談をもとに「トラブル大歓迎」と話してくださったのだ。確か、3~4人の方が話してくれたと記憶しているが、はっきり言ってその方の言葉しか記憶に残っていない。それほど衝撃的だった。

高校ではラグビー部、大学でもアメフト部に所属するなど、根っからの体育会系である僕は、それなりに根性があると自負していたのだが、肉体的な辛さには耐えられるものの、精神的には案外ナイーブなところがあり、当時は極力トラブルを避けようと考えていたと思う。トラブルという言葉に、「大歓迎」というポジティブな言葉が続くとは、想像すらしていなかった。

その後、7年間のゼネコンマン人生を経た今だからこそわかるが、結局トラブルというのは絶対に避けられない。特に現場に出れば、大なり小なり、毎日何かしらのトラブルに見舞われると言っても過言ではない。

「ハインリッヒの法則」というのがあって、1つの重大な労働災害や事故の背景には、29の軽微な事故があり、300の未然の事故(ニアミス)があるという経験則だ。もし仮に、毎日未然の事故(ニアミス)があるとしたら、1年に1回は大きな事故やトラブルが起きたって不思議ではないのだ。

もちろん、そうならないように、どのゼネコンでも安全第一を掲げて、災害ゼロを目指して様々な取り組みがなされている。でも、万が一事故が起こってしまったら、それを隠すことは労災隠しといって犯罪になってしまう。

きちんとその事故と向き合い、関係者各位に対して誠実に対応した上でその事故から何かを学び取らなければならない。というのが理想ではあるが、事故を起こしてしまった立場の心理状況としては、普通はうろたえてしまい、正しい対応ができないことの方が多いはずだ。そんな時、常日頃から「トラブル大歓迎」という心構えができていれば、僕のような並の人間でも理想に近い対応ができるのだ。

ちなみに「ハインリッヒの法則」は労働災害に関する経験則なので、それ以外のトラブルには当てはまらないかもしれないけど、僕の経験では似たようなものだと感じている。どうせいつか起こってしまうトラブル、それにいちいち落ち込んでいては、心が持たないほど色んなトラブルが頻繁に起こる可能性があるのが建設業だと思う。

また、小さなトラブルをうまく避けられたとしても、いつか巨大なトラブルに見舞われるかもしれない。もう立ち直れないくらいの重大な失敗をするかもしれない。僕の最大のトラブルは、自分の担当した工事で、職人を入院させてしまったことだ。

入社2年目に、初めて現場監督としてコンクリート工事を担当することになった。当時の僕の役割は、コンクリート工事を行う日に合わせて、関係業者に工事方法やコンクリートの必要量などを指示し、その計画通りに工事が完了するように管理することだった。コンクリート工事担当として、建物の3階、4階、5階と工事を無事に終えて自信がついてきた頃、これまでと違って、1階に残っていたあと施工の床コンクリート工事をすることになった。あと施工というのは、そのコンクリート工事をした後では搬入できない大型の機械があったりする場合に、一部だけ工事をせずに残しておいて、問題がなくなってから工事を行う施工方法のことだ。

この時のあと施工は、5メートル四方程度の床コンクリート工事だけで、それまで施工していたような、柱のコンクリートを施工して、その次は壁で、最後に床のコンクリートを施工する……といった工事に比べて非常に簡単そうに思えた。

それまでの工事では、コンクリート工事の前日までにコンクリートを流し込む型枠が壊れないよう補強されているかといった点検をきちんと行っていたのだが、「これくらい点検しなくても大丈夫だろう」という油断があったのだと思う。床の型枠が補強されていないことに気づかずに、あと施工の床コンクリート工事を開始してしまったのだ。

その結果、床の型枠がコンクリートの重みに耐えきれずに抜け落ちて、職人を直下階に墜落させてしまったのだ。約5メートルの高さを、その時コンクリート工事を施工していた職人が複数人墜落したのだ。その内の一人、リーダーだった職人は、腰骨を折る大怪我で、半年間の入院を余儀なくされた。

自分のミスで、他人を怪我させてしまった時の心の負担は半端なものじゃない。取り返しのつかないことをしてしまったという深い後悔、何かの犯罪を起こしてしまったかのような自責の念にかられ、事故後は寝るに寝られない日々が続いた。

もし、「トラブル大歓迎」という言葉に出会っていなければ、僕はこの時に辞めていたかもしれない。それくらい大きなショックだった。だけど、「トラブル大歓迎」という言葉が潜在意識に刻み込まれていたのだと思う。その事故から自分はいったい何を学べばいいのか。怪我をした職人に報いるために、何をすべきなのか。心の片隅に、ギリギリではあるがそういった思考を持つことができたのだ。

もちろん、自分一人で立ち直ったわけではない。先輩社員や、怪我をさせてしまった職人が所属する会社の職長までもが僕を気遣ってくださり、食事に誘ってくれたり、普段の会話の中で励まし続けてくれたりしたことには、あらためて感謝申し上げたい。

そうした支えと、「トラブル大歓迎」という言葉に救われた僕は、小さな仕事の大切さを学ぶことができたのだ。

当たり前のことを当たり前にやる、という言い方をしてくれた人もいる。どんな些細なことでも、事前の相談、根回しをしながら丁寧に計画し、実行する、そして確認し、検証し、次の計画に活かす。

PDCAサイクルという言葉は聞いたことがあるだろう。大きなプロジェクトだけでなく、目の前の小さな仕事に対しても、こういったことを徹底するくせがついた。「段取り八分」という言葉は、まさにその通りだ。小さな仕事も、徹底された段取りがなければうまくいかない。

誰かがやってくれる、なんてこともない。自らが動き、少なくとも頭の中で8割はその工事が完成するイメージを持てるまで段取りを済ましておく。そうしたことの積み重ねこそが、大きな建設現場を成功させる唯一の方法なのだと、このトラブルから学ぶことができた。

こう聞くと、計画にできるだけ時間を使う方がいいと思われるかもしれない。だが、最初の内から精度の高い計画を一人で練ることはできない。巧遅より拙速という言葉があるように、1カ月で100%の計画を練るよりも、1週間で60%の計画を作り、とにかく実践してみて改善を加える。というプロセスの方がスマートゼネコンマンらしい働き方だ。この辺りの実践手法は第4章で書いている。

しかし、こうして立ち直ったように見えた一方で、もしあの時、あと施工だからと油断せず、丁寧に計画と確認をしていたら……と考えこんでしまうことが当時はまだあった。立ち直ったようでいながら、やり切れない思いで悶々とする日が続いた。

半年後、その職人が退院し、もう一度一緒にコンクリート工事をすることになった。正直、僕は会うのが怖かった。自分が反対の立場であれば、「こいつのせいで半年も入院させられた」と思っているはずだから。

でも、久しぶりに会えたその職人は、僕を恨む様子など全くなく、それどころか以前にも増して事前の点検や段取りに厳しくなった。

あの時の事故を、僕のせいにするのではなく、自己責任を追及し、同じことを繰り返さないために自分に何ができるかを考え、ひたすら実践していたのだ。僕自身もその事故を起こしてから、猛烈に反省し、日ごろの現場監督業務もレベルアップしたつもりでいた。

それは、職人が復帰して1カ月ほどした時のことだ。場所や階数こそ違えど、あの日と同じように、あと施工で床コンクリート工事をする時がもう一度あったのだ。同じ失敗を繰り返すわけにはいかない。あのトラブルから学んだことを発揮したい! その思いで、僕は必死に計画をした。

その職人からは、当然のように厳しい質問がきた。僕は、迷いなく全ての質問に明確に答えた。すると職人が笑顔で、「これで大丈夫そうだな、段取り完璧じゃないか。お前、成長したな」と言ってくれたのだ。

あの時の感動は忘れもしない。事故を起こした僕を恨むどころか、認めてくれたのだ。それからは、たらればを考えて悶々とすることもなくなり、一気に現場の完成に向けて職人と力を合わせることができた。

まずはトラブルを起こさないよう事前の段取りが大切なのは当然のことだ。けれど、起こってしまったトラブルが大きければ大きいほど、自分に対するストレスが大きければ大きいほど自分に強い危機感が生まれ、現場監督としても人間としてもひとつ上のステージに行ける。そう自信を持って言えるようになり、それ以来「トラブル大歓迎」という姿勢が自分自身のものとして身についていった。

僕が出会ったスマートゼネコンマンの面々も、それぞれに大きなトラブルを経験し、乗り越えていた。だから、お酒の席などで昔話を語ってくれる時間は、とても楽しかった。今は飲み会を嫌う人も多いと思うけど、僕は飲み会の席こそ、一番学ぶことができる場所だと思っている。

本を読んだり、高いお金を払ってセミナーに参加したりすることも勉強のひとつだと思うけど、飲み会で上司の経験を聞く。特に失敗やトラブルの話を聞くことは本当に勉強になる。なぜなら、いつか似たようなトラブルが起こった際、「あぁ、そういえばあの人もこんな事を言っていたな」と思うと、少し心の支えになる。

場合によっては未然にトラブルを防ぐきっかけになるかもしれない。まぁ、たまに武勇伝しか話さない人もいるけど、それもトラブルのひとつだと思えば笑って乗り越えられるのだ。あらゆるトラブルから逃げないどころか、むしろ自分を成長させてくれる試練だと捉え、大歓迎する。この心構えがスマートゼネコンマンには欠かせない。

※本記事は、2020年5月刊行の書籍『スマートゼネコンマン~残業なしで成果を出す次世代現場監督~』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。