おやき大好き

信州の粉ものと言えばおやきである。B級グルメと言われる類の、あんこやら野菜やらを、小麦粉を練った皮に包んで焼いたものだ。昔は乾かしてから、囲炉裏の灰の中で焼いたという。

実家ではもっぱら近くの増沢餅店で買っていた。特にお盆には必ず買った。お供えである。ここのおやきは、焼かずに蒸したものだった。北信といわれるこの地方では、そういう作り方もあったようだ。今では中に入れるあんの種類も多いが、当時は小豆と茄子くらいだったと思う。

私は茄子のおやきが大好きだった。信州の茄子は丸い。トマトに近い丸さである。それを七ミリくらいの厚さに輪切りにして、二枚の茄子の間に甘味噌を挟み、皮に包んで蒸してある。包んだ皮には薄いところと厚いところができて、薄いところは、茄子からはみ出した味噌が透けて見えたりする。それを見ると、もう「おいしそう!」とたまらない。

父が「おやきを買ってきたぞ」と、帰ってくると「私、茄子がいい!」と、テーブルに置かれた包みに飛びついた。「ボク、あんこ!」と弟も負けずに一つを取った。

姉や弟は小豆の方が好きだった。父もあんこ党である。蒸したてを買ってくるのでまだ温かく、皮もやわらかい。小豆は、お饅頭型にふくらみがあった。茄子は入っているものが平らだから、のっぺらぼうに平たかった。母は「仏さんにあげないと」と言って、お皿に小豆と茄子を一つずつ取って仏壇に供えた。

父が亡くなり、母が一人暮らしだった頃に、帰省したときのことである。出かけたついでに、母におやきを買って帰った。夕食には間があるので、お茶にしようと思ったのである。その頃のあんは茄子や小豆以外にも、野沢菜、椎茸、切干大根、くるみ、南瓜など、いろいろとあった。楽しみに何種類かを買ってきた私はお茶を入れ、

「食べようよ」

と、包みを広げ、いそいそとお皿に並べた。

「あんたはそれが好きだったねえ。私、今お腹がすいていないから、あんた食べなさい」

母が笑って言った。

その母も亡くなった今になって姉が言う。

「ふふふ、お母さんは粉ものが嫌いだったのよ。だから家で作らなかったの。お父さんは大好きなので、買ってきたのよ。私も結婚してから自分で作ろうと思って、お母さんに作り方を聞いたの。それで初めて知ったのよ」

「えっ、そうだったの? だから私が買って帰ったときも食べなかったのね」

「そう。『嫌いなものは、作らない・食べない・子どもには言わない』これ、お母さんの信条だったのよ」

母らしい三ない信条である。二人で笑ってしまった。

長野から東京へ帰るとき、駅でおやきを買う。今、特にお気に入りなのは、茄子と野沢菜である。新幹線の中でゆっくりと味わう。

懐かしさがよみがえり、自分に戻った気持ちがするひとときである。

※本記事は、2021年8月刊行の書籍『午後の揺り椅子』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。