双頭の鷲は啼いたか

「かわいい犬ですね」

タケルは歩いて抜き去ろうとした。スマホの時計は深夜零時を示していた。顔は見ていないが、三十代くらいの女性が小さな柴犬と散歩をしていた。声をかけるときは明るい声で。それが怪しくない自分のキャラを相手に認識させるための条件だった。いくらさわやかでも、この時間だから無視されることもあるだろう。ならばそれまでのことだ。抜き去ったタケルはどんどん小走りでランニングのふりで先をゆく。不思議な事に犬が反応してついてきた。

「こんな時間だけど、外に出さないと吠えるので」

女性が引っ張られてついてきた。

「あ、苦情が……」

思わず返事だけした。顔は見ないようにして……。

「そうです。友達が急に入院して預かっているので」

「大変ですね」

もう、これ以上話しかけないでくれないか? でないと君は。