中学入学後も大変な日々が待っていた。松葉杖生活は半年に及んだ。教室は4階だったから、私は毎日娘と一緒に登下校してカバンを運んだ。お転婆の娘は、よく廊下や階段で転び心配させられた。

夏から入部したテニス部では松葉杖をつきながらラケットを振るも、骨の付きが芳しくなく、超音波を毎日あてたり、リハビリに通ったり忍耐の日々は長かった。

長い治療と頑張りのお陰で、今では不自由なく日常生活もスポーツもできてはいるが、足の長さの違い、骨盤のずれ、季節の変わり目や天候による古傷の痛みに悩まされている。

娘が一生その辛さと付き合っていかなくてはならないのかと思うと、まだ小さかった時に負った傷の深さ、大きさに申し訳なさと悲しみ、後悔を覚える。

事故は「一瞬」痛みは「一生」だ。

娘は半年前に今度は鼻を折った。ソフトボールの練習試合中にケガをした。医師からは「手術するかしないか自分で決めてください」と言われた。「別に顔で売ってるわけじゃないから、しなくていいよ」と明るく言う娘は、3日後には練習を再開していた。

私は毎日祈っている。「もう娘が傷つくことは一生ありませんように。ずっと元気でいられますように」

満身創痍まんしんそうい 体中が傷だらけになること。転じて、様々な病気を抱えて苦しんでいるさま