「智子とは、いったいどういう関係だったんだ」

達郎は、いくぶん力み気味に言った。

「ちょっとこっちへ」

井上は、達郎の声が他の部屋に聞こえるのを危惧したのだろう、廊下を歩いて、突き当たりの非常口のドアを開けた。中には階段があるだけで、人が行き交う気配は全くなかった。後ろから入った達郎がドアを閉めた。階段の所で、男が二人きりとなった。

「智子、いや智子さんとは、去年の四月からの関係です。私が以前池袋店の店次長をやっていた時に、ある化粧品会社から受けた接待の場に、智子さんもいたのです……」

「智子が、接待に……」

どうして智子が、化粧品会社が百貨店を接待する場にいたのだろうか……亭主である自分が知らないことを聞かされて、達郎はまた新たな課題を投げかけられたような気がした。

「僕も、どうしてその場に、智子さんがいたのかよくわかりませんが、いっしょに同席していた化粧品会社の田中という女性に連れてこられたと言ってましたよ」

「た、田中……」

化粧品会社に勤める田中、これまた、達郎には心当たりがなかった。そんな女、智子の学生時代の友だちにも、もちろん会社の同僚にもいない。智子が勤務していたのは不動産会社だからだ。どうも、達郎には、智子に関して知らないことが多過ぎた。

「それ以来……だよ」

達郎が当惑しているのを見て、井上は、何だこいつは亭主のくせに女房のことを何も知らないのか……だから、女房に浮気をされるんだ、とでも思ったのか少し言葉使いが変わった。

「あの日は、僕と別れた後、交通事故に遭ってしまった。駅前で買物があるから、と言って別れた後だったんだ……」

井上がひとり言のようにつぶやいた。

「そ、それなら、どうして、葬儀に来なかったんだ」

達郎は、愚問をしてしまった。

「僕が、葬儀に行けると思いますか。そんなことをしたら、僕との関係がばれちゃうじゃないですか」

「……」

達郎は、物凄い形相で井上を睨んだ。

※本記事は、八十島コト氏の小説『店長はどこだ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部を抜粋、再編集したものです。