母は娘時代、古都金沢に住んでいたこともあり「呉服屋さん」を覗くのが大好きだった。自分は一切着ない代わりに、ときどき姉と私に着物を作ってくれた。自分で着られた方が都合が良いと、私はOLの時、着付け教室にも通っていた。

それなのに、今できるのは娘たちに浴衣を着せて、帯を結ぶことぐらい。着物の畳み方も忘れてしまい、いつも母に畳んでもらう。自分ができないことを母にお願いするのは、この年になってもなんだか嬉しい。

次女の成人式の際、姉一家と一緒に写真館で記念写真を撮った。娘と姪はお誕生日が4日違いの同じ年。その時、3日前に突然思った。

「昔母があつらえてくれた着物を姉と二人で着てみよう」

と。

30年前の着物が今の私たちに合うかどうかは置いておいて、娘たちと一緒に着付けをしてもらい写真を撮った。

1枚は母を真ん中にして右に姪と姉、左に娘と私。晴れ着姿が眩しい姪と娘、和装の姉と私に囲まれた母は、優しく微笑んでいる。

奇跡の1枚と思った。長女の成人式の時一緒に写っていた義母はもうそこにいない。母がいてくれることに感謝した。

「ママの手は魔法の手、何でも出来ちゃう不思議な手」

これは昔流行ったCMソング。いくつになっても母の存在は余りにも大きい。

 孟母三遷もうぼさんせん 子どもの教育には良い環境が大切だということの例え