「それで。お見合いはどうだったの」

「いいとこの箱入り娘、って感じかな」

わたしはできるだけ平静を装う。

「年下のわりに気を遣える感じで、笑ったときのえくぼは可愛かった。ちょっと地味で退屈そうではあったけれど」

眞理はふーんとつれない返事だったが、口元に微笑を貼りつけたままだ。

「そう。よかったわね」

「ずいぶん素っ気ないんだな」

眞理の淡白な返事に陽気に答えながらも、今日切り出すべき別れが酔いを覚まそうとしているのに気づいていた。

「自分から尋ねておいて、その反応はないんじゃないか」

「それもそうね。ごめんなさい。でも恋は駆け引きがないと、つまらないでしょう」

眞理がその言葉を紡ぐのにあわせて、耳元のイヤリングがキラキラと揺れた。そこにさきほど注文したお酒が届く。お酒を受け取って愛おしそうにグラスを回す姿は、控えめに表現しても美しい。挑発的な切れ長の目はいかなる男をも魅了し、彼女の掌のうえで転がされることを喜ぶだろう。

そんな高嶺の花が、冴えないわたしに交際を申し込んできたときは、まさに天変地異の出来事だった。

彼女とは大学初めのオリエンテーションで仲良くなって以降、定期的に友好を温め続けていた。

ふりむいてくれるはずもない、友達の位置として。しかし大学三年生の折、共通の知人の自宅で飲んだ帰り道、「諌くんのおだやかで芯のあるところが好き。私と付き合って欲しいの」と彼女から交際を申し込まれた。

わたしはあまりの衝撃に、魚がエサをねだるかのごとく、口をぱくぱくさせることしかできなかった。その日の夜、いてもたってもいられず優介のアパートに押しかけた。

「ありえないな。嫌がらせかなにかだろう」

寝起きの優介にとっては寝耳に水ならぬ、寝起きに水だった。

「しばらく用心しろ。タチの悪い冗談に決まっている。いつ撤回されても落ち込まないようにしとけ」

「やはりそうだよな。期待しないでおくよ」

そんな疑心暗鬼の日々が数ヶ月続いたことは、よく覚えている。

たとえば、わたしと眞理が手を繋いで街を歩いていたとしよう。

通り過ぎる男たちはみな、彼女の美貌に目を輝かせる。続いて、横の男はどんな奴だろうと興味を持つ。こんな美女を射止める男は、さぞや美男子なんだろうな。その予測のもとにわたしの顔をまじまじ見て拍子抜けする。なんでこんな男にと言いたげだ。

眞理は容姿もさることながら、気だてよく一途でいてくれた。そしてこれまでの九年間、わたしたちは穏やかにひたむきに交際を続けた。眞理と結婚したい。そう願うまでに関係は深まり、互いを信頼しあっていた。

けれど――。

わたしは彼女に微笑みかえすことができなかった。伝えなければならないことがあった。

彼女もその気配を察してか、笑顔をすっと隠して静かにグラスを置いた。

「なあ、眞理。大事な話があるんだ」

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『門をくぐる』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。