矛盾と迷走

翌朝、あおいは炊き立てのホットコーヒーとサンドイッチを朝食に出した。またしても、蓮にとってナイスなサプライズである。

昨日の血液型の話などみんなすっかり忘れている様子で、平穏でゆったりとした休日を過ごした。

午後にみんなと別れた後、蓮は、有花と共に暮らす家路へと車を走らせた。蓮の心には、知らぬ間に大きな楔が打ち込まれていた。

もし、あの時の検査結果が正しいとすれば、俺と親父に血縁関係がなかった事になる。

つまり、本当の親父は別に存在するという事だ。

両親が離婚する前に生まれた俺は、おふくろの不倫相手との間にできた子どもが俺だという事になる。だとすれば、離婚以前に不貞を働いたのは親父だけではなかったという事だ。なんて両親だ。酷すぎる家族だ。

―それなら、俺の本当の親父は誰なのか、一体どこにいるのだろうか―

思えば、永吉と再会する前に、親父は今どこで何をしているのかと想い続けていたあの時の感情が、再び蓮を支配しようとしていた。

しかも今度は、蓮が顔も知らない、血の繋がった本当の父親への感情へと、移り変わってゆく。

それは、只の堂々巡りであった。人生のサイコロは、蓮を再び振り出しに戻そうとしていた。

しかし、自問自答すればする程、一体そこまで父親を追い求めて何になるのかと訴えかけてくる、もう一人の自分がいた。

親父と再会した今、その家族とも一緒に、こうやって幸せな時間を過ごすことができているではないか。それなのに、そこまで本当の父親を求めて何になるというのか。

蓮はようやく、あの日の検査結果がどういう意味を持つのかを、深く理解しようとしていた。

おふくろに話すべきだろうか。

しかし話をしたところで、おふくろは俺がB型だという事を知らない。何の解決にもならないだろう。むしろ、おふくろを不安な気持ちにさせるだけじゃないか。

蓮は、何一つ解決の糸口が見つけられないまま、ただ一人悶々としていた。昨日の永吉とあおいとの会話が、繰り返し脳内を駆け巡っていた。

真実を探して

蓮は、高校を卒業して直ぐに入社した会社を、二年九ヶ月で退職した。

その会社で将来の自分像というものを見出せなかった蓮は、地元の職業訓練校に入校した。

もっと広い視野で自分の進路を探そうと思った。

訓練校の期間は三ヶ月だ。新たな事にチャレンジするいい機会だと思い、コンピュータ系の資格の取得を目指した。

その日は寝坊してしまい、蓮は開始時間直前に訓練校に到着した。授業が始まると、慌てて家を出たせいで、自宅に筆箱を忘れてしまった事に気づいた。

「あの、すみません。ボールペンを貸してもらえませんか?」

どうしようかと考えた末、隣の席に座っている女性に話しかけた。

相変わらず人見知りだった蓮は、その女性の顔を見る事さえままならない。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

その時初めて、その女性と一瞬目があった。彼女の名前は津南玲美。

蓮は、訓練校の初日に先生が配った席順名簿に、そう名前が書かれてあったのを覚えていた。

年齢は蓮より少し上だ。長身で肩下まで伸びる艶やかな黒髪。横から見た時の彼女の首筋には、只ならぬ色気を感じる。着物が似合いそうだなと蓮は思った。有名な女優の誰かに似ていそうな美人だ。

「宮﨑君、だっけ」

「はい、宮﨑です」

蓮は、面接官に呼ばれたような返事の仕方で答えた。

「私、津南といいます。よろしくお願いします」

彼女は丁寧に自己紹介をして、白い歯を見せた。

「はい、お名前はさっき名簿で、あ、いえ」

蓮は、何を話せばいいのか分からなくなった。