~最愛の父と母に捧ぐ~

秒針が動く音が聞こえてくる。カチ、カチと、心臓の鼓動に合わせて。橙色のルームライトが、薄暗いベッドルームにぼんやりとあかりを灯し、モルタルで施された白壁には、二人の影が写し出されている。

「どう? 結婚生活は」

「楽しいわよ」

「子どもは一歳だっけ」

「ええ」

男の腕枕の上で、有花は目を閉じた。

「省吾君だったよね。名前」

淡いシャンプーのほのかな香りが、有花の黒髪から漂ってくる。

「俺は子どもも出来ずに離婚だったからな。羨ましいよ」

男は、有花の頭を優しく撫でた。

「あの人、不倫してるの」

「え?」

「でも、言えないわ」

「どうして」

有花は向きを変えて、顔を男の方に近づけた。

「だって、省吾がいるもの」

二人の唇が優しく重なる音がした。

「もう後戻りしたくない」

有花はベッドから出ると、服を着始めた。

「今日で最後にしましょ」

「最後って……いいじゃないか、お互い様だろ」

男は有花の背中に向かって話しかけた。

「もう無理だわ。最近、向こうのお母さんにも気づかれてる」

「体の付き合いじゃなくてもいいからさ。たまには顔見せろよ」

有花は、左手薬指に指輪をつけなおした。

「もう行かなきゃ」

着替え終わると、じゃあねと言い残して、有花はホテルを出た。

十か月後。二人目の子供が生まれた。男の子だった。清らかな心をもって育って欲しいという想いから、名前は「蓮」と名付けられた。

省吾と蓮。二人の男の子を、永吉と有花は大切に育てた。二人が離婚するまでは。

永吉には言えない秘密。蓮にも省吾にも言えない秘密。それは有花の心の奥底に、今も仕舞い込まれている。いずれそれが分かる時まで。