「俺のせいなんだ」

容態が急変して二日後、母は息を引きとった。六十二歳だった。

それは老衰と呼ぶには早すぎる最期だった。母の葬儀や墓の斡旋などは、すべて多恵が仕切ってくれた。

わたしは結局、死に水を取るどころか葬儀にも参加できなかった。

すべてを終えて帰ってきた、疲労困憊の多恵とリビングで話を聞く。多恵が淹れてくれた温かいお茶を啜りながら、母の入院から葬儀にいたるまでの経過、そして負担すべき費用について報告を受けた。

「それで、治療費は」

「それがね、わたしがお葬式の準備をしているあいだに、久美子おばさんが全額払ってくれたらしいの。だからいくら払ったか分からなかったけれど、後で連絡してくれるように頼んだわ。それで良かったわよね」

「もちろんだ。急だったけれど、多恵たちが間に合ってよかった。苦労かけたな」

「ううん、あなたがだれよりもつらかったはずだから。お勤め、おつかれさま」

温かい湯気には、多恵のたおやかな心が現れているようだった。彼女は目頭をハンカチでそっと押さえる。わたしはガーネットの婚約指輪がはめられた彼女の左手に自分の右手を重ねた。

「陽菜の様子は、どうだった」

「すごくいい子にしてくれたわ。だけどやっぱり悲しかったみたい。今日もずっとメソメソしていたもの。大好きなミートスパゲッティもほとんど食べなかったし、いつも欠かさず見ているテレビ番組もうわの空。今は泣き疲れて眠ったわ」

陽菜にとって受け入れがたい、悲しいさよならになってしまったようだ。

「そうか」

天井から降り注ぐ蛍光灯の光が、わたしたちふたりの影を色濃く伸ばした。わたしたちは物言わぬ貝のように沈黙した。すると多恵は寒そうに肩をふるわせ、それから電話台の抽斗(ひきだし)から茶封筒を一封取り出した。

「これ。すこしまえに、お母さんから預かっていたの」

おずおずと差し出された封筒の表には、なにも書かれていなかった。

「これは」

「お母さんから、あなたにって」

封筒はなにも入っていないように軽く、薄かった。封筒の上を丁寧に破いて、中身を取り出す。なかには一枚のありふれた便箋しか入っていなかった。

わたしはその便箋を広げてみる。