洗濯も物干しも、とにかく手あたり次第、手荒にやる。泥だらけのユニフォームと畑仕事の作業着。娘たちが出す大量の服とバスタオルと寝具の数々。色分けなんか、やっている暇はない。

雨の日はコインランドリーに駆け込み一気に乾かすこと30分。魔法のようにふっくら乾いた洗濯物を、これまた適当に丸めて袋に放り込む。コインランドリーは現代の「井戸端」。そこでちょくちょく出くわす仲良しママたちとのおしゃべりも洗濯とセットのお楽しみ。

とにかく家事はメリハリが大事。「ホコリじゃ死なない」は私の口癖。誰か私を反面教師に潔癖な子に育ってくれればよかったのに、揃いも揃ってアバウトな人たちで、どの子の部屋も似たり寄ったり。「みんなで汚せば怖くない」完璧を求めると主婦は全部を投げ出し家出したくなる。

長女がよく言っていた。「ママはいつかきっと家を出ていくね」。私といえば「この人たちを置いていくのは、相当勇気がいるだろうな~」と、頭の隅で算段しながら、ずっと否定せずに聞き流してきた。幼かった長女の目にもママの日々奮闘する姿は鬼気迫るものがあったに違いない。育児も子供のためと思うとほとほと嫌になってくる。だからここでも発想転換が必要だ。

育児は私自身のため。彼らを一人前に育て上げた後、私が晴れて自由を謳歌するためにする。その時にパワー切れにならないように「ハイブリッド」で燃費よくやっていこう。「綺麗すぎる家って落ち着かないよね。その点この家なんだか寛ぐね」。今日も友人がランチしに来てくれた。

家事も育児も適当が一番。すり減らないこと、これ肝心と心に留めよう。

※本記事は、2020年6月刊行の書籍『ママ、遺書かきました』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。