気づいたら、カミーユはもと来た方へと急いでいた。もう一度アトリエのドアをノックすると、モネが顔を出した。二人は出掛けるところだったらしく、外套を手にしている。カミーユの顔を見ると驚いた様子で、「忘れ物かい?」と言った。

「私が、私が裸体モデルを務めます」

カミーユは夢中だった。彼にはそれを務めてくれる人が必要だけれど、誰かほかの人に頼んでほしくない。モネは一瞬困惑した様子だった。

「君……」

後ろからバジールも顔を出した。

「無理することはないんですよ。僕ら、また募集してみますよ」

カミーユは首を振った。

「いいえ、いいえ、私が。……私にやらせてください」

自分が何を頼んでいるのか、それを自分でよく理解しているのか、そんなことを考える余裕はなかった。ただ彼に、ほかの女の裸など見詰めてほしくない。こんな小娘を大人ならバカだと言うだろうか。モネは真剣な表情で言った。

「モデルの仕事は楽なもんじゃありません。今日、君もそう感じたかもしれないけど」

カミーユにはもう、継ぐべき言葉がない。それをどうか……。

「お願いします」

モネはカミーユの瞳を覗き込んだ。その一瞬は永く永く感じられた。─どうか、お願い。やがて、彼は落ち着いた口調で言った。

「それではお願いしましょう。来週から早速、お願いできるだろうか」

「……はい」

カミーユもまっすぐ見詰め返した。

※本記事は、2020年8月刊行の書籍『 マダム・モネの肖像[文庫改訂版]』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。