その後、シビックとアコードは、国内外の生産と販売を支える基幹車種・ワールドカーとして成長し、ホンダはグローバル展開する世界企業に成長した。

ホンダは「世界的視野に立ち」の理念のもと、日本の企業としてはいち早く1959年6月、米国ロスアンゼルスに、アメリカン・ホンダ・モーター(AH)を設立し、ホンダの海外展開が本格的に開始された。

AHでは、米国にホンダ独自の販売網を築いて、2輪車市場の開拓に挑んだ。1969年にはN600をハワイで発売し、自動車販売の足掛かりをつくった。

1978年2月、米国オハイオ州にホンダ・オブ・アメリカ・マニュファクチャリング(HAM)を設立、1979年9月に2輪車の生産を開始した。

1982年11月にはアコードの第1号車がラインオフ。日本の自動車メーカーとして初めて、米国での乗用車生産を開始した。1986年11月からは、カナダのホンダ・オブ・カナダ・マニュファクチャリング(HCM・当時)でアコードの生産を開始した。

その他、欧州、アジア、南米、豪州など需要のある所に販売、生産拠点を作り、海外展開を本格化させていった。

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『企業の持続的成長を目指して』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。