ここでは、学んできた哲学が一切通じない! そもそも、言葉をいう前に心を読まれているのだから、それに、現象として見せてくるのだから、いきなり、体験が来て、そう、「腑に落ちる体験」が起こるのだから、説明などはいらないのだ…。

陽子は人間の不平等さが哲学を生んだと言っていた…。

「ヨーロッパ発祥の哲学の最大の矛盾点はね、当時は国民の8割、9割が奴隷だった、ごく一部の裕福層が、暇をもてあましては、人生とは、と、語りあっていたにすぎないのよ。傍では、同じ人間を動物扱いにしながらね!」

皮肉なことに金持ちは、人生とは、と、悩み、苦しんで…明日をもしれない奴隷たちは、今を生きる、今を楽しむ、「今、ここ」を自然と実践していたのかもしれない。

人類は狩猟時代から農耕時代へ移ったがために、領土意識が生まれ、争いごとがはじまる、食料が安定的に確保できるようになり、余裕(時間)を持つようになった。

そこで、きっと、誰かが、人生とは、と、考えはじめたんだ…農耕が、論理的思考を加速させたのだ……

狩りには論理的思考は通用しない、直感の勝負になる。しかも、その日、その日、狩るか、狩られるか、明日の保証はない。まさに、その日、その日、一瞬、一瞬、を味わうだけなのだ…。

「生きる意味なんてね、食べるためにある、それ以上でも、以下でもないだって、お腹はすくじゃない? うふふふ…」

今思えば哲学界の天才、神とまで言われた陽子の結論だったのかもしれない…。

弥生に用意されたテントと寝具は予想外にも快適だったこともあり、あっ、と言う間に、ヒマラヤの静寂さへと落ちていった……。

陽子は微笑んでいた、背の高い男と向き合ってなにやら楽しそうだ…

「陽子! 陽子! ヨーコ!」

聴こえてないらしい、陽子は背の高い男に手を引かれ、人としての形が溶けてゆく…

いやだー! 陽子! 待って、どこいくの! 私を置いていかないで、私も連れていって! 人の形が溶け出して銀河の渦が広がっていく。わー、ようこー、わー、わー、ようこー!