プロローグ

月の聖者は言った

「ここでの修行は終わりじゃ、下界へもどるのじゃ! 汝(弥生)は、アーカーシャと名乗り、みごと凛と咲いて見せよ!」

弥生

「あい、承り。これより、アーカーシャと名乗りまする。至極、嬉しく、使命を全うしたく存じます。きっと、期待にお応えできるよう、日々これ精進してまいりまする」

太陽の聖者は言った

「アーカーシャよ、あなたの故郷はここです。いつでも帰ってきなさい」

アーカーシャ

「あい、冬が明けなくなったら、ババ様たちに逢いとうございます」

山を下りながら、アーカーシャはこの5年間を思い出していた。ヒマラヤでの修行は過酷を極めた。標高三千メートル級の山々を、ひたすら祈りながら歩くのだった。

裸足で粗末な衣服を纏い、およそ5年、断食をしながらの荒業と聞いたときは、とてもじゃないが、できそうにない。日本へ帰ろうと身支度をしていたときだった。声が…………

「大丈夫よ、弥生! あなたならできるわ! 死の恐れを見にきたのでしょう?」

第1話 手がかり――崇拝と聖なる儀式――

ブーン、ブーン、ブブーン、ブブン、いつもよりマナーモードがけたたましく聞こえたのは気のせいだったかと思いながら、携帯を手に取る。

えっ! 陽子が死んだ! じ、じ、自殺?!

無二の親友が自殺したとき、悲しみより、むしろ羨ましかった。彼女は死への恐怖を克服したのではないか……。

親友の陽子とは、大学の哲学研究クラブに所属し、大学対抗哲学討論大会では常に負け知らすで、教授たちからも一目置かれていた陽子。

彼女にとって哲学は、まるでゲームそのものだった。合わせて、数学が大好きで、哲学を数学で解いていくという、陽子独自の発想(くだんの数理哲学とは角度が違った)も、学会から注目されていた矢先の出来事だった……。

あまりの衝撃に笑うしかなかった。嫉妬さえ、感じたのだった……。

(えっ、なぜ? 親友が死んだというのに……)