バックニー

2月に入り、杖を使いながら少しずつ歩ける距離も伸びてきた。

療法士に、靴に万歩計※をつけていただいた。

※万歩計は山佐時計計器株式会社の登録商標です。

毎日何歩くらい歩いているか、また、それに伴う足の疲労度合いを確認してもらうためだ。

平行棒の中では入院当初に比べたら、スムーズに歩くことができていたが、ある日のリハビリで平行棒の中を歩いていると、

「ちょっと膝が後ろに入っていますね」

と療法士に言われた。

「え? どういうことですか?」

療法士は、ご自分の足でその状態がどうなっているか、教えてくれた。私は安全に歩くために、無意識に足が棒のように真っ直ぐ、膝はやや後ろに反っていた。

バックニー……膝が後ろに反っている状態だったのだ。

歩くことができるようになったのはよかったが、このバックニーの癖はなかなか直らなかった。膝を柔らかく使いたい、頭では分かっているのだが、何せ歩き方を忘れた右半身なので、しばらくこの癖とは格闘した。

ある日、1か月に1度の院長回診があり、私の病室にも院長先生が来られた。

一人一人の患者に対して、院長先生にスタッフから説明があり、私の容態も説明された。スタッフに、少し歩くよう指示され、私は杖をつき歩いた。

「だいぶよくなりましたね、何か困っていることはありませんか?」

と、院長先生に聞かれた。

他の患者さんは、あまり何も言わなかったが、私は、

「膝が後ろに反る癖が、なかなか取れないのです」

と言ってみた。

病室がピリッとした空気になった。白い巨塔のような回診ではないが、院長先生はじめ、療法士が複数名いらっしゃったので、病室は人でいっぱいだった。

私は内心、

『あれ? 何かマズいこと言ったかな』

と思っていると、担当療法士が、「リハビリを凄く頑張っていただいているのですが、歩行時にバックニーになりやすいです」

と言ってくれた。

院長先生は、(かかと)と地面の間に少し角度のある木片を挟んで立つ、という練習をリハビリで行うよう、アドバイスしてくださった。

次の日から、平行棒の中で、角度がわずかについた四角錐状の板を、靴を履いた踵の下に挟み、車椅子から立ち上がりをしてみた。

物理的に、膝は後ろに反ることはできなかった。

その練習を何度か繰り返し、膝を意識することで、バックニーを起こすことは激減した。しかし油断をすると、歩くことを覚えたての右足は、安全策を取ろうと膝を反らせて歩くので、リハビリ中は膝を意識して歩いた。