一年を通して温暖な気候の浜松市は全国屈指の花の生産地だ。なかでもガーベラの生産量は日本一を誇る。ここ数年は品種改良によって生まれた赤、ピンク、白、黄、緑、オレンジなど様々な色合いに加え、花の大きさや花びらの形など花屋の俊平でも数えきれないほどの種類がある。バラやユリほどお高くとまらず誰にでも愛される花姿は花束やアレンジメントなどで大人気だ。

今日は打ち合わせでガーベラの花を得意先に渡そうと思っていた。打ち合わせそのものは順調だったのだが、その相手に別の案件でこのあと、新幹線で東京に向かうと言われガーベラを渡すことができなかった。

スーツ姿のオジサンがガーベラの花束を持って浜松駅近くの繁華街を歩くのは結構目を引く。

外国人のモデルみたいに長身で彫りの深い顔立ちならまだしも、中肉中背、自分で言うのもなんだが典型的な日本人顔。眼鏡に上下紺のスーツ、黒い革靴、A四サイズの黒のビジネスバッグをさげてサラリーマンの見本みたいな恰好。一応経営者だけど。そこにカラフルなガーベラはとんでもなく目立っていた。

花屋だけど花束を持つのはいつまでたっても慣れない。空を見上げるとなんだか雲行きが怪しい。もうすぐ梅雨入りだもんな。おっとポツポツ降ってきたぞ。花里までなら傘なしでも行けそうだ。

「ごめん、まだ早いよね」

そう言って暖簾をくぐると大将が青い顔をして頭を抱えていた。

「どうしたの?」

「いや~、困りました。ダブルブッキングしちゃいました。五時半から女性八名の宴会の予約と七時から男性七名の宴会を入れちゃったんですよ~。女性の皆さんだと七時半までは確実にテーブルが空かないし男性の方も来れたら早めに来るって」

これは大変じゃないか。そんなに広い店でもないし、四人掛けのテーブル二つを繋げて宴会にするのであろう。さすがにもう一つのグループはカウンターというわけにもいかない。

「女性グループからは、来週の月曜日にって予約をもらっていて、男性グループからは十二日って日にちで受けていて、僕のミスで十二日はてっきり火曜日だと勘違いしちゃっていたんですよ。今日ランチでも来てくれて、今夜よろしくねって言われて初めて気がついて」

刻一刻と予約の時間が迫ってくる。こんなに困っている大将を初めて見た。なんだか十年ぐらい前の俺を見ているみたいだ。

わかる、わかるよ。俺も昔はいろいろとやらかしたもんな。スタッフの人数を勘違いしていくつかのホテルに同じ時間に花の搬入の契約をしちゃったり、計算を間違えて仕入れで倍の花を買っちゃったり。

でも、助けてくれたんだよ。いつもはライバルの同業者、俺が強気で出ていった古巣の先輩たちが。代わりに搬入に行ってくれたり、大量注文しちゃった花を買い取ってくれたりしてさ。

大将も若き経営者。だからこそ、人生の先輩としてここは何とか助けてあげたい。

※本記事は、2021年3月刊行の書籍『微笑み酒場・花里』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。