牡蠣カバ丼

美紀がよく冷えたボトルとワイングラスを持ってきた。

ワイングラスで日本酒か。グラスのせいかものすごく芳醇な米の香りが感じられる。ワインと日本酒のいいとこどりみたいな酒だな。

「はい、牡蠣フライです」

大将がカラッと揚がった大ぶりの牡蠣フライ五つを皿にのせて持ってきた。キャベツの千切りとたっぷりのタルタルソースが添えられている。

ソースの瓶も置かれた。もちろん地元の馬居(うまい)ソースだ。ここのソースは果実や野菜の旨味が凝縮されているから美味いんだよな。ほどよい酸味がフライの衣を軽やかに感じさせてくれる。たっぷりつけてもくどくならない不思議なソースだ。

大ぶりの牡蠣フライはかなりの満足感がある。五つ食べればもう満腹だな。

「秀くん、ねえ、ちょっと秀くんてば。亜美の話ちゃんと聞いてるの?」

「聞いてるよ。何、機嫌損ねてるんだよ」

「だって前は一日に何度も連絡取りあっていたのに最近は亜美が携帯でおはようの挨拶送っても返事くれるの夕方とか夜だよ。仕事忙しいのはわかるけど、おはようなんて数秒でできるでしょ」

「ごめん。でも、俺、もともとそんなにマメな性格じゃないんだ。それに朝起きるの苦手でさ。会社に行く時間ギリギリだから携帯を見る間もないし、職場でそんなことしてたら先輩に怒られるよ」

「だけど亜美、不安なんだもん」

「………」

おやおや、後ろのカップルの雲行きが怪しくなってきた。せっかく久しぶりに会えたのに喧嘩なんてダメだよ。

「ふ~ん、そうなんだ。もうお皿空だね。秀くん。他には何か頼む?」

「う~ん。う~ん」

彼女はご機嫌斜めだし、料理の方もなくなってきたらしい。雰囲気悪いぞ。わかるよ~。チェーンの居酒屋さんよりちょっとお高いもんな。だから記念日デートで来たんだろ。でも、たくさん頼むと彼氏の財布がきついよな~。サラダと唐揚げじゃ若者の腹は膨れない。

やっぱ米だよな。米。うちの妻は美味しいものをお腹いっぱい食べると笑顔になる。喧嘩をして気まずい日も翌日ケーキを買って帰ると仲直りだしな。この店にケーキはないけど……。

「大将、牡蠣カバ丼ある?」

「はい。〆に召し上がります?」

「いや、俺はもう腹いっぱいなんだけどさ、お若い二人にこの浜松の美味しいものを紹介したくて」

「牡蠣カバ丼」は、浜名湖で養殖した牡蠣にうなぎのタレをたっぷりぬって焼き、丼ご飯にのせてトッピングに炒めた玉ねぎや刻み海苔をのせたものだ。美味しいに決まっている。

最後におろし金でこれまた名産のミカンの皮を削ってかけるので濃厚なタレの香りのなかにも爽やかさを感じる。

「じゃあ、カウンターからのサンタさんってことで二人にだしてあげてよ。男の子の方はご飯多めで」

「分かりました」

微笑んで大将が調理にかかった。店内に立ち込めるかば焼きのタレの香り。あれ? ここ鰻あった?そんな声も聞こえてくるぐらいだ。

「牡蠣カバ丼です」

「え?……」

若い二人はお互いを見て、どちらからのサプライズでもないと分かると彼女の方が口を開いた。

「私たち、頼んでないですけど」

大将は俺を見ながら二人に説明した。

「カウンターのサンタさん、自称サンタさんからですよ」

「え~いいんですか~?」

「すっげ~美味そう。すいません、ありがとうございます」

「いえいえ、浜松の新しい名物丼です。ぜひ食べてみてください」

「はい、いただきます」

二人そろっていいお返事だ。いや~ちょっとですぎたマネしちゃったかな~。でも俺も若い頃は大人たちにたくさんご馳走になったからな~。それにせっかく来てくれた浜松で喧嘩なんてしてほしくない。