牡蠣カバ丼

クリスマス。一年で一番忙しいときだ。ポインセチアにプレゼントの花束、お歳暮、パーティーも多いし、胡蝶蘭もよくでる季節だ。

俺は株式会社スズキフラワー代表取締役、鈴木俊平、四十三歳。三十歳で独立起業して今では本店に加えて系列店を三店舗構える経営者だ。そんな俺の唯一の趣味で息抜きなのが月曜日の一人呑み。

だがしかし、十二月はその余裕もない日々が続いていた。暮れも押し迫った月曜日、忘年会も会合もなくぽっかりと夕方から時間が空いた。こういう日はまっすぐ帰ればいいんだけど……とつぶやきながら足はいつもの「酒肴・花里」へ。

「大将、入れる?」月曜だけどさすがにこの時期は忙しいだろう。「お一人ですよね。大丈夫ですよ。カウンターのお好きなところへ」

ラッキー。年末の仕事の見通しも一通りついたし、夏と違って従業員のボーナスも冬はちゃんと渡すことができた。今日は自分へのご褒美といこう。

「秀(ひで)くん。何を頼む? こんなにいいお店、亜美(あみ)初めて。高くない?」

「大丈夫だって。今日はつきあって一年記念日だろ。お互い名古屋と東京で離れているけど、偶然仕事の研修で来た浜松で出会って一年だよ。美味しいものを食べような」

後ろのテーブルは二十代前半のカップルらしい。忘れていた新鮮な感じがオジサンを若返らせてくれるよ。

「はい。俊平さん。まずは生ビールをどうぞ」

いつもの夕陽ビールだ。外は寒くてビールも冷たいのになんでこんなに美味しいんだろう。

「さあ、今日はお腹の具合はどうですか?」

「もうペコペコだよ。今日はね。自分へのご褒美と思ってきたから大将のおすすめジャンジャン出してよ」

「それでは遠州のとらふぐをまずは刺身でどうですか?」

「もちろんもちろん、てっさ、ご褒美にはピッタリだ。白子もあるかな?」

「はい。こちらは焼き白子でお出ししてよろしいですか?」

「うん。ひれ酒も頼むね」

なんとも豪勢な一人宴会となった。ふぐというと下関と思う人も多いが遠州灘で水揚げされる「遠州灘天然とらふぐ」は香り、旨み、身のしまり、歯ごたえが特徴だ。皿の色が見えるほどの薄造りはもみじおろしと芽ネギを巻いて、ポン酢につけて食べる。この歯ごたえをいつまでも楽しめるように歯の検診は欠かさずするようにしよう。

ふぐを食べながらそんなことを思う自分に年齢を感じる。年が明ければ四十四歳か。もしかしたら後ろのカップルの親ぐらいの年齢なのかもな。