「レイさんのだんなさんですよ」

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それから2年が経ちました。レイさんは夫が亡くなったことを忘れてしまいました。そもそも記憶に入らなかったのでしょう。

入居して1年目の頃「わたくし先生のことがとっても好きよ」と告白され、数年間に多くのことを忘れてしまっても「誰だかわかる?」と尋ねると「先生でしょ」と覚えていてくれたのに、孝介さんが亡くなった頃から、私のこともわからなくなってしまいました。

孝介さんが亡くなってからも、訪問の度に遺影を見せて「誰だかわかる?」と尋ねても額を叩くだけだったり、「そうですか、お願いします」とあいづちで返されるだけだったり。もうすっかり、視覚認知も衰えてしまったのだろうか?そう見えても、時々、ほんの瞬間、調子が良い時があるのです。

ある日、訪問すると、介護士さんに渡された白黒写真を手に「わー可愛いね、可愛いね、綺麗だねー」と美しい着物姿の女の子の写真を見てはしゃいでいました。

私(あ、まだ視覚の情報はわかるのか)「レイさんの若い頃の写真だよ。綺麗だねぇ」と教えても「可愛いね、可愛いね」と繰り返すだけで、誰の写真かはわからないみたい。でも今日はひょっとして孝介さんをわかるかも、遺影を見せると満面の笑みで「素敵な方ねぇ。かわいくて、優しそう」私は思わず涙が滲んでしまいました。

「レイさんのだんなさんですよ」

孝介さんの遺影が微笑んだように見えました。孝介さん、レイさんを最後までお守りしますよ。安心して待っていてください。

引用文献
1.高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン 人工的水分・栄養補給の導入を中心として.日本老年医学会 https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/pdf/jgs_ahn_gl_2012.pdf: 2012

※本記事は、2021年1月刊行の書籍『安らぎのある終の住処づくりをめざして』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。