「あ、あの、すみません。ここの家の人ですか?」

「そうだけど」

「あそこの自動販売機の上に伸びた枝が欲しいんですけど、譲っていただけませんか?」

「枝ぁ?」

おじさんは門の外に半分体を乗り出し、僕の指さす方向を眩しそうに見つめ「あの枝かい?」と言った。

僕が「そうです」と答えると、無言で家の角を曲がって見えなくなってしまった。

脚にすり寄っていたポンズは、また玄関前の石階段の上に上がって、猫背なのに行儀よくシャキッと座り僕を薄目で睨んだ。

バサン! と自販機の方から音がして、見ると欲しかった枝が束のまま地面に落ちていた。

「さすが新しいのは切れ味がいいわな」

そう言いながら、銀色に輝く、買ったばかりって感じの大きなノコギリの刃を、指でツンツン触りながら、おじさんは戻って来た。

「もうこの歳じゃテレビ見るか庭いじりくらいしかすることもないんだわ。敷地の外に出ちまってたからあの枝も近いうちに切る予定だったんだ」

白髪の混じった髭に、膝があまり曲がってない歩き方で僕の方に寄って来たおじさんを見て、あれ、やっぱり六十代前半の人なのかな?と思った。

「何に使うかしらないけど、好きに持っていってくれ」

「ありがとうございます」

「あいよ」

僕はまたいつの間にか寝転んでこちらを見ている猫のポンズに心の中でありがとうと言った。

ポンズは退屈そうに僕を見てあくびをした。

欲しかった枝は七十センチくらいあった。けど、必要だったのは木の円が整った枝だけだった。でも切り落とされた枝の先端の方から生えた細い枝と茂った葉も、そのまま持って帰るしかなかった。僕は無理やり自転車のカゴに入れてみた。でもそれだと前方が見えなくなったので結局、小さな木にも見える枝を左手で持ち、右手で自転車のハンドルを押しながら長い家路についた。