僕は風景も一度通った道も忘れないから、道に迷ったことは一度もない。でも、人間っていうのは今やっている行動中に、別のことで頭の中がいっぱいになると、自分では想像もしていないミスをすることがある。

曲がるはずだった交差点を通り過ぎ、気がついたら、初めて通る道に出ていて初めての景色に少し動揺した。ここはどこだろう。都内のどこにでもありそうな少し人口密度の高い商店街に迷い込んでいた。

僕は自転車を降り、人にぶつからないように避けながらゆっくりと商店街を進んだ。

美容院、雑貨屋、靴屋、中年女性向けの服屋、一つずつ記憶していくのをなんとなく脳が感じている。

賑やかだった商店街を抜け、しばらくそのまま真っすぐ歩き続けた。すると静かすぎる住宅街に迷い込んだ。

今日の暑さは、まだましな方だと思うけど、どこかで水分補給をしないと熱中症になるかもしれない。

僕はまた自転車にまたがって前に進み続けた。二回目に通る道だったらどこに自動販売機が置いてあるかとか、その自販機のラインナップだってちゃんと覚えている。けど、初めての道じゃ、ひたすら自動販売機かコンビニを探すしかない。

ゆっくり住宅街のなんともない感じの風景を楽しみながら、四百メートルくらいすすんだら自販機を見つけた。自販機の隣の家から伸びる手首くらいの細い木の枝たちが自販機に日陰を与えていた。

緑茶のペットボトルを買い、一気に半分くらい飲み、冷たさが口の中から消えるとやっと緑茶の濃い風味が鼻に通った。実家では季節に関係なく必ず緑茶を母が出してくれていたけど、一人暮らしを始めてからは、自分でお茶を作ることもなく、炭酸のジュースばかり買って飲んでた。けど、久々に飲んだ冷えたお茶は美味しいし懐かしい。

風で揺れた木の枝たちには、たくさんの葉が付いているのを眺めていて、脱力感を覚えながら、城間さんから依頼されたブローチのことを考えた。

自分の描いた設計図を思い出し、フリーハンドで描いた円は、完璧のつもりで描いたことも思い出した。でも、目の前で揺れている枝の一本の断面図を想像していたら、なんだかとても、実は完璧ではない僕の理想の円に近い気がした。

無意識に手を伸ばし、枝を握りしめた。

やっぱりだ。