さすがに高齢者の運転は危ないと見たのか、ルート専門の教習役らしい。ここでも送迎ドライバーの人手不足を実感した一日だった。大きなワゴン車を運転するのは久しぶりだったが、若い頃にアルバイトでトラックを運転していた経験があったため、すぐに運転感覚が戻った。

しかし乗用車と違い死角が多い。また送迎をするルートが、普通なら一方通行のような道路が生活道路のため、相互通行なのだ。ただでさえ狭いのに対向車とのすれ違いや、飛び出しがあったら避けられないような狭い道路を通行しなければならない。

これには二倍、三倍の集中力を要した。やがてルートにも慣れ、利用者の自宅も覚えた頃、一人での本格的な送迎が始まった。午前中はそれぞれの自宅へ迎えに行く。多い時で七人。

夕方は逆に利用者さんの自宅へ送り届けるのがパターンのようだ。ただし車に乗せる利用者は毎日変わるので、顔と名前を覚えるのにしばらく時間がかかった。もちろん介護の資格を持った職員が一人同乗する。

しばらくすると、利用者の方が高齢なのに加え、認知症が進行していたり足腰が不自由だったりする方が多いことに気付いた。そう遠くない将来の自分を思い浮かべると気が滅入る感覚に陥った。

それでも二カ月が過ぎた頃になると、そんな感覚も薄らぎ、毎日の送迎に使命感が芽生え、楽しい日々がしばらく続いた。こんなに使命感を抱きながら仕事をしたことがあったかと現役時代を振り返ったが思いつかなかった。

当時は、生活のため、女房や子供のためと時間に追われながら走り回っていた。会社のためとか、社会貢献を目指してとか思いもしなかったのに、六十歳を過ぎ、しかもアルバイトで使命感ややりがいを感じるとは皮肉なものである。

やがて仕事にも慣れた頃、ちょい悪親父の島さんが歩み寄ってきた。

「どう? 斉藤さん、仕事慣れた?」

「はい。何とか慣れました」

と答えていると他の運転士仲間の伊藤さん、長谷川さんが近寄ってきた。伊藤さんは島さんと同じく今年七十歳になる。婿養子のようで、奥さんに頭が上がらないようだ。

しかしギャンブルが好きでその資金集めのためにこのバイトをしているらしい。どこか憎めない親父である。

もう一人の長谷川さんは、親の介護の傍ら働いており、この仲間の中では一番の古株らしい。

年齢も六十八歳とほかの連中より少し若い。しかし癖があり、俗に言う偏屈な親父のようだ。とっつきにくく挨拶をしても気分で返す。この類の人間は人とのコミュニケーションが苦手なのだろう。

先入観で見てしまうため自分の殻を開こうとしない。どこにでもこのような類の人間はいるものだ、と自分に言い聞かせ納得させた。

※本記事は、2021年2月刊行の書籍『60歳からの青春グラフィティ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。