長い間お勤めご苦労様でした

だが、妻中心の生活環境に違和感を覚え始めていた。

何かが違う……。なんだろう?

【関連記事】「出て行け=行かないで」では、数式が成立しない。

単身赴任を始めた頃は、留守宅から単身先に戻る度に、妻は涙を流し見送ってくれた。彼女も家族が離れ離れになる生活に、不安を抱えていたのだろう。

ところがである。半年、一年と過ぎた頃には涙が笑顔に変わっていた。女という人格は合理的に物事を受け入れるようだ。一言で言えば、変わり身が早いとうか。

いずれにしても、亭主元気で留守が良いのスタートだった。こちらも留守宅が心配ではあったが、単身生活に慣れてくるとそれなりに楽しい時間を過ごすようになっていた。特に夜の飲み会など、帰る時間を気にすることもなく、自由気ままに過ごしていた。

赴任して初めて気付いたことだが、地方の飲み屋には単身赴任者を狙った夜の蝶がいるようだ。ご多分にもれず、裕也も携帯の電話番号を聞かれることも多かった。いや、モテたと言うわけではない。支店長という立場上、上客とみなし、儀礼的に聞いたのだろう。それにしても悪い気はしなかった。

男という輩は単純な生き物である。人間は誰しも振り返った先に捨てがたい時間と懐かしさを覚えるものだと気付いた。

あるテレビで言っていたが、定年してから寿命を迎えるまでの時間は、大学を卒業し退職するまでの時間より長いらしい。

身体が介助を受けるまでの十五年は、高齢者のゴールデンタイムと呼ばれるそうだ。何はともあれ、このままテレビに向って話す生活や、生きる気力を失いながら過ごすのは耐えられないと働くことに決めた。