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第二章 拾って来た女

「これ使って。どこから?」

そう言いながら美紀は助手席に乗せた女に後部座席に置いていたタオルを取り出して手渡した。

「東京からです」

「ホテルは?」

「まだ決めていません」

弱々しく消え入りそうな声でそう答えると女は渡されたタオルで申し訳無さそうに雨に濡れた顔や髪を拭き始めた。美紀は車のキーを回した。エンジンの微かな振動がハンドルを通して美紀に伝わり、フロントガラスのワイパーが軋んだ音を立てて左右に動き出した。

「深くは訊かないけど何かわけがありそうね。東京からの観光客が今夜の宿も予約しないでこんな所に来るとは思えないから。貴方、名前は?」

「奈美、水森奈美です」

少し怯えたような声だった。

「ねえ、良かったら家に来ない? 私、スナックをやっているの。そこの二階に住んでいるのよ。もちろん一人。少し汚いけど泊めてあげるわよ。貴方一人ぐらいなら何とかなるから。そうしなさいよ」

美紀はそう言うともう決まったかのようにアクセルを軽く踏んで車を発進させた。

「お任せします」唐突な美紀の提案であったが奈美は不安な目をしながら諦めたような表情でそう言うと助手席で軽く頭を下げた。

俯き加減で無言のままの奈美を助手席に乗せて二人は漁火に着いた。

「ここよ。下がお店なの。ほら、看板が見えるでしょ」

そう言いながら美紀は店の裏手に回って車を停めた。

「そのままじゃ風邪を引くわね。髪も濡れているし。お風呂に入って髪を洗いなさいよ。気持ち悪いでしょ?」

そう言って美紀は一階の風呂場に奈美を案内した。

「貴方、着替え持ってる? なければジャージでも出そうか?」

美紀はそう言い残し二階に駆け上がった。

「さっきショッピングセンターで買った下着なの。これも使って。ここへ置いとくから」

脱衣場に濡れたワンピースを着たまま突っ立っている奈美にそう言って脱衣籠に着替えとタオルを置いた。窮鳥を懐に入れた猟師の心境はこんなものかと思いながら美紀は自分のお節介に気づいて思わず一人笑みを漏らした。

奈美が風呂を使っている間、美紀は二階で奈美に使わせる部屋の準備をした。奈美と名乗った女との出会いはまるで子猫を拾うような出会いだった。