方針の決定

ここでは療養の「方針の決定」について考えてみたいと思います。

本人が意思表示できる場合は、まだわかりやすいのですが、問題となるのは認知症などで本人が意思表示できない場合です。このような場合は家族と相談せざるを得ないわけですが、ここに一つの落とし穴があります。

家族の都合を優先してしまう場合が往々にしてあるからです。家族の意見を錦の御旗のごとく鵜呑みにしてしまうと、本人の意思とはかけ離れた方針となってしまうことがあります。

また、本人は不在で、家族の満足のためだけの方針になってしまう場合もあります。診療や介護にかかわる人々がこのような家族の都合に流されてしまうと、本人は完全に置き去りにされてしまいます。

ここはグッと踏みとどまって、「本人は何を望んでいるか」を優先せねばなりません。一〇〇パーセントその意思を知ることは不可能ですが、でき得るかぎりの努力をして、でき得るかぎりに想像力を使って、それを探る必要があります。本人の立場に立って想像を膨らませるとき、最も力になるのが、今まで人生を共に歩んできた家族の思い出であったり、ちょっとしたエピソードであったりすることが多いと思います。

Cさんのような人に経口摂取を許可することは、当然リスクを伴うものであり、さまざまな意見があるかと思います。

発生し得るリスクを家族にわかりやすく提示し、十分に理解していただき(これは主治医の最低限の務めです)、そのうえで本人や家族の希望に沿うように相談した結果が今回の方針となりました。ただ、どのような方針になるにしろ、本人や家族との強い信頼関係がその根底にあることを忘れてはならないと思います。

そのためには、お互いのコミュニケーションを十分に取り、お互いの話が「腹を割って」「遠慮なく」「いつでも」できるよう、心がけることも必要になります。

※本記事は、2021年1月刊行の書籍『生きること 終うこと 寄り添うこと』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。