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花とおじさん:第二話

2日間の研修を終え、12月31日の皿洗いの仕事が始まった。このテーマパークのコンセプトは徹底している。その一つに〝ゲスト(客)に日常を見せない〟事だ。ゲストは日常を忘れ、夢の国に来たという訳で、ゲストの目から厨房内や皿洗い等の日常を見られなくしている。従業員は、外壁の外から仕事場に入る。だから、高津の持ち場である天の川レストランの皿洗場から中の事は全くわからない。どこで働いているかもわからないようだ。高津は、流れ作業で洗い物をしている。仕事に集中している間は圧倒的絶望感をしばし忘れられる。怒鳴られもしないので気が楽だった。

しかし、この機械のような作業の中では、会話もなく、そのうち絶望感がじわじわ攻め寄せてきた。

たまたま、高津は、作業のローテーションで12月31日23時30分から1月1日0時30分まで休憩に当たっていた。隣接した従業員食堂で夜食をとる事になっている。高津は痛い腰に手を当ててゆっくりテーブルに腰をかけて夜食を食べ始めた。絶望感が加速してきた。何かに集中し考えないようにと思っても、そのやり場がなくなるからだ。この仕事は、怒鳴られなくて気楽だ。短期のバイトだから人間関係のわずらわしさもない。でもこの先、どっちみちどこかに就職しなければならない。今までどこにいってもうまくいかなかったんだ。この先も結末は見えている。働きたくない、腰も良くならない。どこまでも哀愁の淵に落ちていく。もはや、夢も希望もない。

そのときだった。花火が鳴ったのは。いかに外壁の外とはいえ、空はつながっている。高津は従業員食堂の扉を開け、外に出てみた。

「今まで中にいて気づかなかったけど、何てにぎやかなんだろう」

東京おとぎの国内の事はわからないが、空にはニューイヤーを祝う花火が夜空を色どり、花火の音と音楽と歓声で別世界のようなにぎやかさだった。花開くきらびやかな花火にしばし見とれながら、

「世間の人は楽しそうだな」

とポツリとつぶやいた。

さらに、拍車をかけるかのように、高津は信じられない光景を目のあたりにする事になった。

外壁の扉が開いた。マーチの音響が一勢に大きくなった。パレードに参加していたキャストが続々と引き上げて来た。その中でひときわ目を引いたのがかぐや姫と家来の若侍達だ。この馬車に乗ったかぐや姫は、東京おとぎの国の世紀越えイベントの最大のヒロインだ。まさに光り輝いている。彼女自身も、パレードの興奮さめやらぬ様子で、外に出て自分の任務が終わったにもかかわらず、従業員達にまで、

「ハッピーニューイヤー」

と手を振り続け、最大の笑顔をふりまいている。

高津は歓喜した。そして猛烈に感動した。ぶるぶると体の震えが止まらない。それくらいすごい感動だ。

「あのかぐや姫が俺みたいなダメなおじさんに向かって手を振ってくれている。しかも、ハッピーニューイヤー、おめでとう21世紀って言って祝ってくれている。あんな若い娘が一生懸命に祝ってくれている。俺にもニューイヤーが来たんだ。ハッピーニューイヤーが来たんだ。俺にだっておめでとう21世紀が来たんだ。ヤッホー! ありがとう……。ありがとう……。俺みたいな奴のために。いや、俺の為じゃなくて、大盛況のパレードに影響されてテンションがメーターを振り切って悪乗りしているのかもしれない。でも、そんな事どうでもいい。ありがとう。ありがとう」