その翌日、私は物置に眠る父のロングボードを引っ張り出した。九フィートを超える長さで三メートル近くあり、大きなシングルフィンがついていた。

私は父のこのボードに乗ろうと決めた。父が昔からずっと乗っていたフォードのピックアップは、父が亡くなってからは私が乗っていた。

父は車の整備士だった。個人で車の修理を仕事にしていた。そんな父にはたやすいことだったのかもしれないが、大して知識のない私には引き継いで乗ることはたやすくはなかった。

旧いためにメンテナンスを欠かすことはできなかった。頼めばお金がかかるため、自分でできそうなことはできるだけ自分でやってみた。

部品をアメリカから取り寄せたり、英語で書かれた整備書を辞書を引きながら解読したり、手間と時間はかかったがどうしても手放す気にはならなかった。

淡いペールグリーンのボディは色褪せ、ところどころ錆になっていたが、そんな使い古した雰囲気が私は気に入っていた。そのピックアップにロングボードを積み、波乗りへいくようになった。

波乗りは想像以上に難しかった。いく度に一つずつ課題を決め、それをひたすら練習するしかなかった。父もこんな風に練習して上手くなっていったのかなと想像し励みにした。

それから波乗りはずっと続けた。真冬の寒い時期も凍えながらもやっていた。冬場は人が少なくなるので練習するには好都合だった。

菜の花の咲く季節は波乗りへいく途中、菜の花畑を見ることができた。菜の花畑を見られることで私はどこか安心感を得ていた。波乗りをすることで、あの菜の花畑の風景の一部になれているような気がしていた。

私は人生において、波乗りはいつしか自分らしくいられるものとして、心の軸となっていた。

歳をとっても「ずっと」続けていくと決めていた。

※本記事は、2021年1月刊行の書籍『踏み潰された、菜の花畑』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。