­華々しくスタートを切った。事務所開設を祝う豪華なお花などが次々と届けられた。八坪ほどの小­さな事務所を埋め尽くした。心もうきうきとした。これからは自由業だ。念願の法律事務所を持った­のだ。­事件などの依頼がどの程度、入ってくるものなのか、まったく見当がつかなかった。

しかし、そこ­そこは入ってくるだろう。なるだけ経費を抑えるようにし、余裕が出てくれば事務員を雇うことにし­ようと、事務員なしの一人事務所で出発した。

­しかし、現実は厳しい。事件の依頼もいっこうになく、相談すらなく、暇続きだった。­

最初のころこそ、弁護士会から送られてきた当番弁護士、被疑者国選弁護人に関する手引きや弁護­士職務基本規程の解説、弁護士業務ハンドブックなどに目を通すことで忙しく時間は過ぎた。­弁護士も営業努力が必要と、いろんな集まりにもできるだけ顔を出して名刺も配り歩いた。

­当番弁護士の割り当ては、来年度からということで、入会が年度の途中からだったため、登録できなかったが、国選弁護人の登録だけでもと思って登録をした。

­しかし、事務所を開いて三か月以上になるのに、手持ちの事件が一件もない。­部屋のコチョウランも上から一つ花を落とし、二つ花を落としと、寂しげな姿になっていく。自ず­とその姿に自分の姿が重なる。

­弁護士バッヂは、机上の片隅の小物入れの上に転がっている。­バッヂは登録の通知をもらった当日、弁護士会から郵送で届けられた。「秋霜烈日」の検事バッヂ­とは違う、柔和なひまわりの形の金色バッヂだ。­

検事には検事バッヂ以外に身分証明書が必ず交付される。弁護士の場合はこの弁護士バッヂだけ­だ。弁護士バッヂが身分証明書にもなるのだ。

弁護士としての身分は弁護士会名簿に登録されること­によって発生するが、登録すると記章が交付されることから、記章が身分を証明するものということ­らしい。

ただし、弁護士も希望して交付手続きをすれば、身分証明書を交付してくれるということに­は一応なっている。­このようなこともあり、当初のころ、いつ何時、弁護士として事件などに関わるかも知れないと、­出かける時には背広上着に必ず記章を付けるよう心がけていたものだ。­

しかし、こうも事件などに縁がない状態が続くと、その記章も用なしになる。机上の小物入れの上­に置かれて久しい。­もちろん、事務所を開設するのにもそれなりに資金が要った。­

妻は、出し惜しみしなかった。事務所を借りる費用、弁護士登録料、弁護士会への入会金等で一〇〇­万円以上かかった。それ以外に当面の事務所の運営資金として更に二〇〇万円の拠出を願い出て、受­け取った。­

※本記事は、2021年2月刊行の書籍『ヤメ検・丹前健の事件録 ―語られなかった「真相」の行方―』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。