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真相­―ヤメ検が暴く

一〇年前の殺人事件が発生したのは、一二月に入って間もない時だった。

秋口から県警捜査二課が強制着手した投資がらみの多額の詐欺事件を、関係者の逮捕、再逮捕と繰り返して何とか処理し、これで年末まで何も事件が起きなければ、ゆっくりと在宅未済事件の処理をしながら過ごせると思っていた矢先だった。

検事は、事件の関係者が逮捕されて送られてくる身柄事件だけでなく、在宅事件の配点も受ける。

ベテランになると、処理するのに難渋する在宅事件の配点を受けたりする。そのような事件を身柄事件の処理の合間に事件記録を検討し、関係者の取調べなどの捜査をして処理するのだ。

登庁前の午前八時過ぎ、奈良県警本部から平群署管内で殺人事件発生との急報を受けた。

朝食もそこそこに登庁し、立会事務官と一緒に警察車両で現場に急行した。

現場は、プラスチック成型の会社「S合成樹脂」の事務所二階。

被害者は、そこの社長の田所次郎、六八歳。頭部を鈍器で殴打されたことによる殺害と思われた。

現場には、捜査一課の管理官、検死官、鑑識班係員が既に到着して、床に横たわった死体の見分と事務所内の鑑識活動をしていた。

被害者の頭部は後頭部が大きく陥没しており、そのキズの状態からしておそらく鈍器で一撃されてその場に昏倒し、そのまま死に至ったものと推定された。

現場にその凶器は見当たらない。犯人がそのまま持って行ったのか。

第一発見者は、会社の年配の女性従業員、宮本淑子だった。

他の従業員にはその年に入ったころから、辞めてもらっていた。会社が倒産し、破産手続に入っていることもあり、残っているのは経理と雑務をやっていたこの第一発見者の宮本と社長だけだった。

前日は、この宮本は休暇をもらっていて出社していない。

今朝方、宮本が出社して、社長が殺されているのを発見したのだった。

事務所出入口の鍵はかかっていなかった。

物取りの犯行か?

しかし、事務所が荒らされた形跡はない。

怨恨の線か?

社長の取引先関係、知人関係などを中心にした聞き込みの捜査が始まる。