白昼夢

しばらくその場に突っ立ってルービックをいじっていると、ふと人の視線を感じた。

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ハッと華は顔を上げた。通りに男性が立っている。ジージャンにカーキ色のチノパン姿で、大学生のような格好をしている。

男性は曖昧な笑みを浮かべると、あろうことか駐車場の中に入ってきた。華はルービックキューブを手にしたまま、金縛りにでもあったように動けない。

「それ、あの……どうしたの」

華の近くまでくると男性が言った。柔らかい、優しい声だ。華はほんの少しだけ緊張を解いた。

「……こ、ここに……落ちて、て」

声がかすれた。見知らぬ人と喋ったのは本当に久しぶりだ。華は自分を、油の切れかかったロボットみたいだと思う。

「そっかー。落ちてたんだ、ここに。そっか。そうなんだ」

心底ホッとしたような明るい声で男性が言った。華は少し驚いて、一瞬だけまともに顔を見た。男性はなんだか不思議な表情で、華をじっと見ている。

目が合い、慌てて華は視線をそらした。首を縮めてマフラーの中に顔をうずめる。

「それ、僕のなんだ」

男性は早口で説明を始めた。

「ずっと探してたんだ。どうしてこんな所にあるのか分からないけど。多分誰かが拾って、少し遊んで飽きてここに捨ててったんだと思う。とにかく良かった、見つかって」

華は黙って彼にルービックキューブを差しだした。男性の嬉しそうな笑顔をちらっと見た後、すぐにまたうつむく。

「ありがとう」

ルービックキューブを受け取ると、男性は愛おしそうに両手で撫でた。

「僕の宝物なんだ」

華は無言でうなずいた。何と言ったらいいのか分からなかった。彼の手の中のルービックキューブが、親鳥の羽の下でぬくぬくしている雛鳥のように見える。

良かった、と華は素直に思った。

持ち主の手に無事戻って、良かった。