晴天の朝

「出張。二週間後に帰る。戸締りをしっかりするように」

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A4の紙が一枚、テーブルに置かれてある。華がぼけっと宇宙人語を眺めていると、ふいにドアが開いて父親が顔を出した。驚いて、華は思わず小さな叫び声をあげる。

「出張とりやめになった。それから柚木さんは休みだ。インフルエンザらしい」

華は体を硬直させたまま、幾度かうなずいた。父はすぐ顔を引っ込めると消えた。足音が遠ざかっていく。体の力を抜くと、華は台所を見回した。食事の作り置きはない。

柚木さんは突然インフルエンザにかかったのだろうか。昨日は普通に元気そうだったのに。インフルエンザなら当分休むかもしれない。華は部屋に食糧のストックがあったかどうか考えた。もうチョコレート菓子一袋くらいしかなかったはずだ。

雨が降っているが、買いだしに行かなければ。テーブルの上のフルーツ籠に盛られていたミカンをとりあえず二つつかむと部屋に戻った。ミカンを食べながら、フランスの恋愛映画とアメリカのドラキュラの映画を立て続けに二本観た。

観終わった後、もう一度フランス映画のほうを再生する。女主人公の行動が理解できなかったのだ。話の筋もいまいち不明だった。華は、よく分からない映画の場合、最初からまた観る。二度観ても、何度観ても、分からないときは分からないが。

映画を観終わると、すでに日が暮れていた。なぜかお腹は空いていない。映画を観始めると、集中して空腹を忘れてしまう。買いだしに行こうと思っていたことを華は思いだした。雨はやんだようだが、日が暮れてからは外に出る気はしない。

あとはもう暗くなる一方の外を歩いていると、なんだかみじめな心細い気持ちになってくるからだ。買いだしは明日にしよう、と決める。翌日は晴天だった。雨は嫌いだが、あまりに晴天なのもげんなりしてしまう。

のそのそと起きだすと、まずシャワーを浴びた。濡れた髪をドライヤーで乾かす。華の髪は、段の入っていないまっすぐのセミロングだ。量も多いので、完全に乾かすのに時間がかかる。