くしゃみとルービックキューブ

3.

父親は、たまに出張で家を留守にする。一週間以上の長期の場合、華が食事をしに一階に行くと、テーブルに置き手紙があったりする。文面は、毎回同じだ。

『出張。○月○日に帰る。戸締りをしっかりするように』

A4の紙にぽつんと一行、印刷されている。

置き手紙で父の手書きの文字を、華はいまだかつて見たことがない。普通に手で書いたほうが早いだろうに、と少し不思議に思う。娘への置き手紙は印刷すると決めているのかもしれない。

無味乾燥な活字を、華は密かに宇宙人語、と呼んでいる。実際、父親を宇宙人だと華は思っている。何を考えているのか、まったく分からないから。表面的な会話は交わせるが、深い意思疎通はできない。そしてどちらも一歩も歩み寄ろうとしない。

たまに一階から、父と柚木さんが笑い合っている声が聞こえてくる。いかにも和気あいあいとしていて楽しそうだ。二階にいる華は、それを聞いて肌寒いものを感じる。

なんて薄っぺらな笑い声なんだろう、と思うのだ。
宇宙人同士、何か分かり合うところがあるのかもしれないけれど。