第2章 人類滅亡のリスクと回避

確かアインシュタイン(Albert Einstein、特殊・一般相対性理論の首唱者である前出の理論物理学者)であったと記憶していますが、「この世には2つの無限がある。1つは宇宙で、もう1つは人間の愚かさである」という意味の言葉があります。

我々人間は愚かです。その愚かの最たるものは、人間は自らの愚かさを真に自覚できていないことです。そのため、我々の「今ある世界」には愚かであることが蔓延していて、あたかも「愚かな世界」を構築しているように見えます。いや、我々は愚かであることを大なり小なり自覚しているのかもしれません。

しかし、そうであったとしても、愚かであることがそのまま修正されず人間界に居座っていることは、単に愚かというよりも、輪をかけた愚かであるということになります。愚かであるとは、我々がその願いである平和や幸福に調和した行動をせず、矛盾する争いを為し自ら不幸を創造しているということです。

人間多少愚かであってもいいじゃないか、堅苦しいことは言わず、人生愚かも交えて気楽に行こうぜ、という考え方もあるかもしれません。良く言えば、肩の力を抜きリラックスするということでしょうか。ある意味、そのような考え方も全面的に否定するべきものでもありません。しかし、肝心かなめの点については、人間は愚かであってはなりません。

愚かであることは人類にその願いである幸福とは真逆の不幸と自滅による滅亡を招来するリスクを孕んでいるからです。端的に言えば、この愚かとは、大きくは、人間による「自然環境・生態系の破壊及び生物・鉱物資源の枯渇」であり、「人間界における絶えることのない争いの存在」であり、「科学の厄災化」であり、これら愚かの由来する「精神文明の未発達」にあります。

この4大要素の悪なる協演の継続に基づき未来を推論すれば、遠くない未来に人類の行き着く先は自滅による滅亡であるというのが当然の帰結になります。

「今ある世界」がこのように愚かであり、そして我々がそのように愚かな生命体であるならば、自滅による滅亡も自業自得にして分相応であり仕方もないか、という気がしないでもありませんが、かくいう筆者も人類の端くれの一人であってみれば、それでは困るという思いに駆られること忸怩たるものがあります。

しかし、この状況は全くどうしようもないと見捨てたものでもありません。不幸にしてこの状況を創造したのは人間自身ですが、別の見方をすれば、幸いにしてこの状況を創造したのは人間自身です。

人間自身が創った「今ある世界」であってみれば、人間自身がその難点を修正できない筈がありません。人間には、「今ある世界」の難点を修正し「新しい世界」へ移行して行くチャンスは残されています。つまり、我々人類が滅亡するか、栄光の未来へ向かうのかは、人類の外から与えられるものではなく、我々の手の中にあるということです。

人類が滅亡するとすれば、その原因は自然災害か人為災害かのいずれかになります。人力が及ばない自然災害で滅亡するのであればそれは仕方もないことですが、我々人類に原因する人為災害で自滅することは回避したいものです。

冒頭から述べていることは人為災害に関わることですが、人類の努力により滅亡が回避される可能性のある人為災害に入る前に、先ず自然と自然災害による滅亡に触れておくことにします。

A 自然災害による人類の滅亡

1 自然

自然は大きくは「宇宙」、「太陽系」、そして「地球」に分けることができます。そうしますと、自然災害とはこれら自然から受ける災害であるということになります。そのため、先ず我々の関わっている自然とはどういうものかということについて概観しておくことにします。