「そうね、もうかれこれ十年になるわ。どう見ても私、性格的にはフラメンコよね。でも最近ファドに出会って衝撃を受けたの。重々しくて、どことなく哀切感が漂っていて。もの悲しい曲も多いけど、それがなかなかのものなのよ。長い人生、いろいろ考えなければと気づいて、先週このCDを買ってきたの。凄く良いでしょ!」

「今日はやけに哲学的ですね。でも、言われてみれば確かに気になる歌です。もう一度初めからかけてくれませんか?」

「そうでしょ、分かる? これは、四十、五十にならなければ分からない歌だわ。そうねえ、人生の半ばで過去を振り返る歌かな?」

宗像俊介は四十歳半ばを少し超えたフリーランスの写真家である。これは天性なのだろう。若い頃、独自の視点を築き、新進気鋭と騒がれ、数々の賞を独り占めしたこともあった。

しかし大勢の助手を使い、広いスタジオを持ち、夥しい仕事に囲まれ、こなしていくことは彼の性に合わなかった。

だから最近は納得できる仕事を選び、毎年ささやかな写真展を開き、数年ごとに、写真集やエッセイ集などを出版してきたのだった。

永年住んだ江古田のアパートを引き払い、北青山の裏にスタジオとして格好の部屋を見つけ、仕事場を移して三年が過ぎようとしていた。

夕方五時の締め切りのため徹夜になってしまったが、八十点の写真のチェックと選定を済ませたのだった。

大型のライティング・テーブルには、組になって二点の半切モノクローム写真が載せられていた。下から光を当てられたプリントは、まるで巨大なポジ・フィルムのように、乳白色の蛍光ライトの上にふわっと浮び上がった。

宗像は慣れた手つきで隅々までルーペを移動させ、その階調と粒状性を確認していたのだった。