第二章

8

ホテルのロビーは閑散としていた。男がひとり、入り口近くのソファーに腰掛けているだけだ。男は博昭を見ると微笑んだ。そして立ち上がった。

「工藤さんですね」と男は言った。か細い声だった。何かの動物に似ているな、と博昭は思った。「加瀬と言います。よろしくお願いいたします」白髪で瘦身の男が名乗った。

この仰々しい男は風間の使いである。博昭の様子を窺いに来たのだ。

「お食事を用意しております」

男が玄関口を指し示した。すでにタクシーが横付けされていた。

何に似ているのかがわかった。ガキの頃、施設のテレビ番組で観た動物。細身の肉食獣。コヨーテだ。

「評判通りですね」

コヨーテが言った。「何が?」と博昭は聞いた。

「猛っている」

コヨーテはまた微笑んだ。

ステーキ店は貸し切りになっていた。がらんとした店内の中央テーブルに二人は座った。まるでコヨーテの行く先行く先で人間が消失したかのように静かだった。

「まずはおなかを満たしましょう」

加瀬は五百グラムのステーキを二枚注文した。飲み物についても聞かれたが、博昭は、いらない、と答えた。ステーキが運ばれてくるまで二人は無言だった。

博昭はコヨーテを観察した。女のようにあでやかな肌をしているが、よく見ると格闘技経験者だとすぐにわかる。

潰れた耳に、平たい両手の拳。左の眼尻にある傷跡。体は細いが、その優雅な動きはバレエダンサーのようだ。

「戦闘力を計算しているんですか?」

加瀬は微笑んだまま言った。博昭は答えない。

「あなたには勝てませんよ。そのくらいはわかります」
「どうして?」
「わかる程度には強いってことですよ」

加瀬は水を飲んだ。

「ところで、傷は癒えましたか?」

博昭も水を飲んだ。そして笑った。

ステーキが運ばれてきた。最高級の黒毛和牛ということだが、博昭にとってはどうでもよかった。

ただ腹は減っていた。むさぼるように食べた。博昭とは対照的に、加瀬は腕利きのシェフのような手つきで肉を口に運んだ。

※本記事は、2017年12月刊行の書籍『永遠と刹那の交差点に、君はいた。』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。