第一章

7

「これからどうなるのかしら?」

河合は少し考えてから今日子を抱き締め、「好きだよ」と笑顔で言った。「そうじゃなくて、これからのこと」ともう一度尋ねてみたが、「いまが楽しかったらいいじゃない。それだけじゃいけない?」と逆に尋ね返してきた。そうすると今日子は何も言えない。

心のどこかで、こんな言葉をいろんな女にも言ってるんだろうな、という声はするけれど、それでも河合と離れることが怖かった。女にもて、女にだらしない。ハッピーエンドにはならないこともわかってはいたが、そのぎりぎり感に酔っていた。

なぜか胸のどこかが甘くうずいていた。それが最大の問題であるのではないか、とも思ったが、今日子にはどうしようもない。

湧き起こる感情は抑えることはできない。結局、そんなふうにして時は過ぎた。

もし私が妊娠をして、河合に結婚を迫ったら、河合はどう答えるのだろうか? 家庭と私のどちらに天秤は傾くのだろうか? 答えは薄々わかっていた。

天秤は私には傾かない。二人の関係が突然始まったように、別れも突然来るのだろうか? その時、私は耐えられるのだろうか? 

わからない。胸が苦しい。

「あの」

頭の上で声がした。

「そこいいですか?」

今日子はビクッと身を震わせて現実に立ち返った。目の前に地味なコートを着た中年の女性が立って座席を指差している。

バッグ。どうやら無意識にバッグを座席に置いていたようだ。今日子はバッグを慌てて膝に置いた。またしても涙を浮かべていることに気づいて驚くとともに、情けなくもあった。

「すみません」と答えて「どうぞ」とうながした。女性はほぼノーメイクだったが、はっきりとした目鼻立ちのためか、野暮ったさは感じられなかった。痩せて優雅な体つき。細身のパンツには丁寧な折り目がついていた。

「失礼」

女が隣の座席に腰掛けた。体つきだけでなく、動きまで優雅であった。今日子は不思議な感覚に襲われた。この人とどこかで会ったことがある。

あっ!

「体調はいかが?」と女が言った。思い出した。昨夜私を介抱してくれた人──。

「あまり調子が良さそうには見えないけど」
「すみません」

今日子は咄嗟に謝っていた。

「昨日は気持ちが悪くて、それであまり覚えてなくて、ちゃんとお礼も言えず、すみません。本当にありがとうございます」

女は口元に笑みを浮かべたまま今日子を見た。

「病院には行ったの?」
「はい。今日行きました」
「妊娠?」
「えっ?」

今日子は言葉に詰まった。何を言っているんだ、この人は?

「あなた雨水今日子さんでしょ?」

女の目が鋭くなった。

「私、河合紗栄子と言います。河合幸一の妻です」

※本記事は、2017年12月刊行の書籍『永遠と刹那の交差点に、君はいた。』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。