第一章

6

ジョン・レノンを聴いていた。ジョンの声は博昭を落ち着かせた。

愚連隊のメンバーといるときはラップなども聴いてはいたが、それほど好きではない。弱い犬がきゃんきゃんと吠えているようにしか聴こえないからだった。

あの男もよくジョン・レノンを聴いていた。不思議だったのは、レボリューションだの、何だのと叫んでいた怒りのジョンではなく、愛や平和のメッセージを歌う、晩年のジョンの曲ばかりを聴いていたことだ。

ラブ&ピース。博昭にはわからなかった。あの男の心理が知りたかった。

養護施設には職員用の心理学の本がたくさんあった。博昭は心理学の本をむさぼるように読んだ。

結論。あの男は病気だ。博昭は曲を止めた。博昭は椅子を壁につけて、部屋に小さな空きスペースを作った。そしてブリーフ一枚のまま、平行立ちに構えた。

両手を正拳に握り交差させる。息を丹田まで入れると、口から一気に息を吐いて姿勢を整えた。空手の呼吸法である《息吹》。これを三回繰り返した。

終わると椅子を元に戻して腰掛けた。机の上に置いてあったボイスレコーダーを手に取る。巻き戻す。再生。

『いいか。魂と肉体は別なんだ。娼婦であっても魂が汚れているわけではない。その微妙なバランス、聖と欲のぎりぎりの均衡が今回の演技のポイントなんだ』

低くてハスキーな声。しかもよく通る。女性は男の声に惚れることが多いというのをどこかの雑誌で読んだことがある。なるほど。チャラ男にふさわしい声だ。

声の主は河合だった。河合が話している相手は……。君島良美。第三の女。

昨日。今日子は路上でうずくまったあと、病院には行かなかった。

博昭はしばらく尾行を続けたが、今日子が自分のアパートに帰ったのを見届けてから下北沢に戻った。ボイスレコーダーを回収するためだった。居酒屋の店長から連絡があったのだ。

『河合が来店している』

今日子と別れたあと、河合は良美と居酒屋に酒を飲みに行っていた。後を尾けていた博昭は、二人が居酒屋に入るのを確認してほくそ笑んだ。

居酒屋は博昭のよく知る店だった。居酒屋の店長は浜田山愚連隊メンバーの兄であり、都合のいいことに河合はその店の常連だった。

店長はギャンブル狂で、街金にかなりの借金をしていた。博昭は店長に金を握らせ、ボイスレコーダーを手渡してこう言った。

「奴が女と来たら会話をこっそり録音しろ。テーブルの見えないところにボイスレコーダーを張り付けるんだ。あとで俺が回収する。くれぐれもヘタこくなよ」

店長は博昭より十歳も年上だったが、素直に頷いた。博昭の命令は絶対だった。

最も強くタフな奴がボス。それが組織の信条だった。

※本記事は、2017年12月刊行の書籍『永遠と刹那の交差点に、君はいた。』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。