第三章 突然の呼び出し

ある日のこと、渉太郎は、人事部から突然の電話を受けた。本社ビルにすぐ来てほしいとの内容であった。思い当たる節もないまま、首を傾げて考え込んでいるところに、めったに話す機会のない事業本部長からも内線電話が入った。やはり、本社ビルにすぐに行ってほしいとのことであった。

あの一件以来、事業本部長とは仕事で関わることもなくなっていた。たまに食堂で偶然出会うことがあってお辞儀をしても、返ってくることはなかった。

上長に、本社人事部からの申し入れがあって、すぐ本社ビルに行く旨の許可を得て仕事場を離れた。

本社人事部は入社以来訪れたことがなく、場所さえもよく覚えていなかった。異動で同じ事業部内の他の部署に移ったときでさえ、異次元の世界に来たと思えるのに、ましてや本社人事部となるとまったくの別世界で、一般社員には近寄りがたいセクションであった。

人事部の重い扉を開けると、社員が整然と机に向かって仕事をしていた。誰に声をかけていいものか逡巡していると、きりっとした風貌の女性が声をかけてくれた。

「こちらの部屋でお待ちください」と、告げられた。

「はい」と、答えて誘導のままに部屋に入った。

しばらくして、扉の向こうから野太い声が耳に響いてきた。何かを指示しているようであった。

「やあ、待たせたね。本社は初めてですか」

笑みを含んだ穏やかな口調で聞かれた。とっさに、人事担当の専務だと分かった。毎週月曜日に放映される社内テレビでよく見る役員だったからである。