第1章 令和の今、行政改革最高のチャンス

空き家が示す社会の崩壊

この稿のどこかに日本の空き家が増えていることを述べたが、5年に1回の全国調査の結果、846万戸という数字を目にした。数年前の統計なので今はもっと多い筈である。

今治の刑務所で所外作業をしていた受刑者が逃亡し、しまなみ海道を自転車で移動、島の空き別荘に潜んでいたというニュースを憶えている方も多いと思う。私の家の近くにある呑み屋ではちょっとしたヒーローであった。

しかし彼も都会志向だったのか、地元漁師も無理という早い潮流を泳いで広島に向かい逮捕されてしまった。恐らく島でならもっと長く、ひょっとしたらゆったりと余生を全うしたのではとも思う。呑み屋では、更生したらトライアスロン選手にという声もあった。

とにかく空き家にはうんざりである。持主不明の家ではゴミや雑草、野犬に野良猫、更にはタヌキやハクビシン、アライグマなどの棲家にもなっているらしい。これは空き家率全国一の山梨県の友人から漏れ聞いた悲しい現実である。

シャッター通りや休耕田がどんなに増えたとしても、殆ど東京に住んで選挙の時にしか地元に帰らない国会議員には見えない。2世や3世の議員が増え4世、5世(鳩山一族)までもが誕生する今の選挙制度も問題なのであろう。

少なくとも義務教育の中学校位までは選挙区にいないと、その選挙区の被選挙権は与えるべきではないと考えるが……。高校は、海なし県から水産高校を目指す若者の邪魔をしたくないので中学校に止めたが、本当は高校卒業まで地元に居た人に限りたいというのが本音である。

車庫に外車が2台入っている住宅街の議員先生方にはシャッター通りの住民の気持ちは到底解らない筈である。しかしそういう地方の選挙区の人達ほど、東京育ちの人に入れると街が復興するとでも思っている人が多いのも厄介な話ではある。

※本記事は、2020年2月刊行の書籍『令和の改新 日本列島再輝論』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。