プロローグ

夢の中の僕は、いつも伏目がちにバス停から大学のゼミの校舎に向かう坂道を歩いている。運動部の学生であろうか。スポーツバッグを肩にかけた男女が脇をすり抜け追い越していった。

その二人の姿を目で追うように、僕は坂道の先にある校舎の階段を見上げる。するとそこには、ショートカットの髪の「耳」がとても印象的な女性が立っている。誰かを探しているような仕草の女子学生の姿である。

「はっ!」思わず彼女のことを認めた瞬間に、そのシーンには唐突にENDロールが流れ夢から目が覚める。

「ふ〜っ……」深いため息が無意識に口をつく。その夢のENDロールは、いつも焦点がぼやけている。

気圧の関係であろうか。少し痛みのするこめかみと目頭を指で押さえながらベッドから身体を起こした。

五月になると、四月とは比べものにならないほど朝が早くなる。以前から朝は早かったが、故郷に戻ってからはこれまでにも増して早く目覚めるようになった。五月も半ばを過ぎ、ベッド脇の窓ガラスが薄青墨色に変わり始める頃になると、遠くから草刈り機のエンジン音が聞こえるようになった。

五月から六月にかけての雑草の伸びは一年を通して最も早い。尤も、これまで過ごしてきた都会暮らしでは、意識することすらなかったのだが。

毎日のように聞こえてくる草刈り機のエンジン音が、耳の奥を蹴飛ばし連打する目覚まし時計の役割を果たしたわけではない。墨色の空が薄(うっす)らと青みがかる頃になると、窓からの僅かな彩光で瞼が自然と動き出すようになった。