まえがき

開業医の仕事を2年前にやめ、暖かい春の陽射しが差し込む部屋で、お茶を飲みながら新聞を読んでいた。こんなにゆっくりとした気分は何年ぶりのことかと思っていたら、妻が近付いてきて「毎日暇なら何か書きなさい。書けるはずよ、書けるでしょう」と言う。

「日頃、沢山本を読んでいるし、面白いことを言うからそれをそのまま文章にしろ」と言う。書けと言われても素人がそんなに簡単に物語が書けるはずはない。

しかし、何とかして、この場を納めなければならない。そうしないと、ご飯を作ってくれないかもしれない。

パソコンの前に座り、しばし考えた。世の中には閉塞感が漂い、せわしなく、戦争があり、異次元の犯罪がある。そうだ、作品を読んでくれた人が温かい気持ちになれるような、ほっと一息つけるようなものを書こう。

小説を書き始めて気が付いたのは小説を書くことはかなり楽しいということだった。登場人物を自分の思い通りにあやつることができる。こんな気分の良いことはない。

手掛けた1作目の『初夢』は完成に3時間掛からなかった。内容が奇想天外だったのでおそるおそる妻に見せたら、妻は一言面白いと言った。私はほっとして次の作品に向かった。続けて『捩花(ねじばな)の精霊』、『提灯の灯』を書き、私の所属する教会の何人かの人に読んでもらい面白いと言ってもらえた。

親しい友人達が集まって開く小さな音楽会で、妻はピアノの先生の伴奏に合わせて『初夢』を始めとする短編小説を朗読している。作品はピアノの伴奏が付くことにより新たな命を持つように感じる。

作品を読んでくださったピアノの先生はピアノのある寝たきりの高齢者宅を訪れた時に、ピアノの伴奏で作品を朗読し、患者から喜ばれている。私が最初に意図したことがかなったのだ。

狸や猫が出てくるファンタジーといえる作品が4作ある。動物に人間に対する批判を少しさせた。動物と人間の作り出す不思議な世界を味わってくだされば幸いである。

狸については子供の頃絵本で見た狸と、ラジオで聞いた落語に出てくる狸をイメージして書いた。

キリスト教を題材にした作品1作は洗礼を受け1ヶ月後に書いたもので聖書に書かれていることを正しく理解しているかどうか確かめるために書いた。

『ミイラ取りがミイラになる』は60年前の20歳台の時の物語で若い時へのノスタルジーが筆を執らせた。

『あるお爺さんの1日』は、高齢のお爺さんと腎不全の猫が出てくる。年を取って退職し死ぬまでをどう過ごすかは私も含め多くの人の関心事である。将来に希望を持って生きられる世の中であることを祈っている。