足音を立てずやってきた病い

幼い頃の僕は、両親や兄のあとをついて回り、畑や田んぼでよく遊んでいた。スーパーの袋にカエルを50匹捕まえ家に持ち帰って母に怒られたり、鼻水を服の袖でしょっちゅう拭っていたので、袖はいつもテカテカに光っていた。

食べ物は好き嫌いが多く、お肉やブロッコリーが嫌いだった。お肉を嫌いになった経緯はよく覚えていない。ただ、家の近くに養豚場があり、父によく連れられて行った記憶がある。

時々、子豚にも触らせてもらった。ある日を境にその子豚がいなくなり、父に聞いても知らないと言われた。すると、子豚がいないことを不思議に思っていた僕に、一緒に住んでいた祖母が

「食べられたんと違うか」

と悪気もなく言った。衝撃的だった。

“子豚を食べるって? どういうこと? ええー!” その後、母とスーパーに買い物に行った時、僕は精肉コーナーに並んでいる赤身のお肉をジーっと見ながら吐いたらしい。それ以降、お肉が食べられなくなった。

“おばあちゃん、悪気がないからといって、あのことばは子どもには刺激的すぎるよ” と今でも思う。

僕は幼稚園で出される給食のお弁当も食べることができなかった。蓋を開けた時の匂いが苦手であった。幼稚園の先生と母が何度も話し合い、僕だけお弁当を持たせてもらった。

お弁当は、手のひらくらいの大きさで、俵型の小さなおにぎりが2個と卵焼きが一切れ、ほうれん草の和え物がほんの少し入っていた。当時の僕は、そのお弁当で十分であった。

あと苦手なのは、風が吹いて電線がビュービューと音を立てることであった。幼稚園でその音を聞くと大声で泣きだし、母親に迎えに来てほしいと幼稚園の先生にお願いしては困らせていた。

45歳になった今では電線が揺れる音も平気になり、牛肉や鶏肉も食べることができるようになった。しかし、豚肉だけは今でも食べることができないでいる。