第1章 入居者と暮らしを創る30のエピソード

12日目 「真の家族」になる

「この施設で、入居者の皆さんは私にとって自分の家族、自分のお父さん、お母さんなのです。だから、しっかりとお見送りをさせていただけないか」とお願いしました。

私なりにしっかりと説明をしましたが、佐々木さんは加藤さんのお別れの会には参加しませんというお答えをいただきました。

繰り返し申し上げますが、高齢者施設は病院のように「治療の場」ではなく、「生活の場」なのです。

病院でお亡くなりになると霊安室に運ばれ、裏口からご遺体が運び出されることが多いと思います。しかし、生活の場で亡くなったのであれば、老人ホームでは「家族のみんなで」お見送りしたい、ご遺体も裏口から「コソコソと」運び出すのではなく、正面玄関から「本当に頑張って生き抜いたね」と堂々とお見送りしたいのです。

それぞれの気持ちや価値観がある中で、加藤さんのお別れの会が開かれる当日が来ました。

事前に私の勤務する施設の従業員のみんな、葬儀屋さんに協力をいただいて、しっかりと準備をしてきました。老人ホームに一緒に住んでいた入居者の数多くの皆さんも祭壇にお花を供えてくださりました。

私も自分の書き上げた弔辞を、自分なりにしっかりと読み上げ、お別れの会の終盤に差し掛かった頃、会場の入口の方に目をやると、そこには黒い喪服を着た佐々木さんが会場に入ってこられました。

佐々木さんは静かに祭壇に進み、他の入居者と同じようにお花を供えてくださいました。お別れの会は無事終了、加藤さんのご遺体は、施設の正面玄関より霊柩車に運び込まれ、クラクションが高らかに鳴り響く中、斎場に向かわれて行きました。

このお別れの会を無事終えることができた安堵感と共に、この時、私は胸の内に非常に温かい気持ちを感じていたのです。

この施設では、「入居者のみんなが家族だと思っていてくれたんだ」と。