第一章  ギャッパーたち

(二)天地紗津季

ところが、紗津季が入って間もなくのころから、院内の改革といって看護師が重視されるようになってきたのである。看護師の権限が拡大されるとともに、夜勤等の勤務状況も改善されていった。噂では、紗津季が入る少し前に、理事長が代わり、その後、だんだんと経営方針が変わってきたということであった。紗津季にはしょせん縁のない世界の話ではあったが、自分の職場環境がよくなるのは大歓迎で、その新しい理事長に陰で感謝していた。

 

そんなある日、紗津季のもとに一通の封書が届いた。

それは、弁護士からの内容証明郵便であった。

母留美子が店の開店準備をしていた時に、突然に郵便局の配達員がやってきて、それを手渡して、受領の確認を求められたのである。

留美子は、名宛人の紗津季がいないことを伝えたのであるが、同居の母親であることから、受領を求められ、断ることができなかった。

留美子は、内容証明郵便などという大層なものを受け取ったことがなかったし、その送り主が弁護士であったことから、得体の知れない恐怖を覚えた。すぐに紗津季に連絡を取ろうと思ったのであるが、病院での勤務中に私用の連絡をしないように言われていたし、徒に驚かせて医療事故でも起こしたら大変だと思い、帰ってくるまで我慢することにした。

 

その日、遅くなってから、紗津季が帰宅した。

留美子はすぐに、その封書を紗津季に差し出して言った。

「一体、何があったの?」

留美子の言葉に怒りが混じっていた。留美子としては、何せ内容が分からず、それでも弁護士から内容証明郵便が届くなど、尋常な事態でないことは確かなのである。こんなことは、これまでの留美子の長い人生の中でも一度も経験したことがなかった。

確かに、愛人という後ろ指をさされる人生ではあり、後ろめたさがないといえば嘘になる。しかし、それでも、人様から表立って批判されたこともなく、ひっそりとつつましく生きてきたつもりなのである。

それがとうとう、大変な事態となってしまったのか、それも娘を巻き込んでしまったのか、と心配で心配で、悶々としたまま、それでも店を閉めるわけにもいかず、半ば上の空のような状態になりながらも、気丈に小料理店を開店し、閉店まで頑張っていたのだ。