(三)

又保がスパスクへ来た当初ダム工事があり一諸に仕事した大きな石を軽々と担ぎ、保には小さな石を担がせた下手な英語を話すスペインの船乗りや還っても同じだから還り度くない十年も住めば楽しい処さと笑って語り合うポーランド人の一団も。

川面に反射する太陽めがけて小石を投げてはその波紋に見とれていた保はヤコの所へ行って見ようと腰をあげた。ヤコはハンガリーの地方人でメゼーと同じく数ケ国語を操る所から鉄柵の中とは云えソ連人同様の生活をしており川向うの抑留独乙人を妻として同棲している。鈑金、陶器、画を業とする捕虜が住む工場の監督である。

ノックすると奥さんは台所で馬鈴薯をフライパンで揚げている。次室のベッドには真白なシーツがかけられ石灰塗りの白壁に日本人画家が画いた彼女の像が掲っている。

「あら、保よく来たわね。今日は閑なの?こんなお天気のよい日は還り度いでしょ」

「はい。とっても」

「保はまだ学生だったのね。又学校へ行くでしょ。何でしたっけ」

「経済です」

ヤコの前妻は去年保がまだバラックに居た頃独乙人帰国輸送で還り彼女は二度目である。

去年の抑留輸送は人数の都合からかのこされた妻、子がトラックへつみ込まれる夫、子供の手を放すまいとすがるのをソ連兵が突き放し、砂ぼこりをあげるトラックの上からの叫びや抑留所の門にしがみつくとりのこされた人々の口からの叫びを、へだてた此処の鉄柵から無言で見守る各国捕虜と一諸に保も鉄柵に顔をひたっと押しつけて眺めていたのだ。

次室からヤコが「おお保さん。如何ですか。今日は恰度いい。ヴィルヘルムが素晴らしい彫刻をしましたよ。見ませんか」。ヴィルヘルムは入って来た保達に恥ずかし気な笑みを返して次の彫刻にとり掛っている。

ヤコが指差す部屋すみにロダンまがいの男女像の大理石が置かれてある。すばらしいとほめる保にヴィルヘルムはうつむいた儘のみを振るっている。何時かはこの像もソ連将校の官舎におかれるのだろう。