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年改まりにてのついたち、辺(わた)り白うなりしは、白雪(しらゆき)ひと夜打ち舞ひ、散り渡りぬ。香炉峰(かうろほう)のあるやう、げにまづいとをかしき形(なり)、高高(たかだか)にしじゅう待ち渡りしなれば、嬉しういみじくて、やがて外(ほか)にいで打ち眺むるに、まづいと悉(ことごと)あはれなるばかりのほど、言はむ方なし。

 

◆吉事(よごと)重(し)く 年の初めの つとめてに こや高高に 待ち渡る雪

【現代語訳】

年が改まっての元旦、辺りが白くなったのは、白雪が一晩一面に舞い散ったのでした。香炉峰の様子とは、本当にまあこの通りなのねと、実に趣深い山の姿です。つま先立ててずっと長い間待ち続けていました。喜ばしく素晴らしくて、そのまま外に出て景色を眺めていますと、本当に全てがしみじみと心を打つこの折は、何物にも代えがたいのです。

 

◆年が改まっての元旦早朝に、これはまあ、背伸びをしつつ待ち望んでいた雪が辺り一面に降り積もりました。元旦の白雪は、上代より吉事が重なる兆しで、縁起が良いといわれています。

 

【参考】

・年改まりにてのついたち~四段動詞「改まる」の連用形「改まり」+完了の助動詞「ぬ」の連用形「に」+接続助詞「て」+時を示す格助詞「の」。これは「…した時の~」という連体修飾語である。「年改まりにて」というひとかたまりの句が、全体で一つの体言となり、「の」が受ける。そして、対象となるその直後の時季(ここでは、ついたち)との関係を示す。「新しい年が明けての→元旦」の意味。

・げに~他人の言葉、故事成語、古歌などを深く肯定して、「なるほど、いかにも。その通りだ」。

この場合は、枕草子第二百九十九段での『白氏文集』香炉峰の雪の詩を思い出しての反応。

・香炉峰~枕草子第二百九十九段「雪のいと高う降りたるを」に書かれた中国江西省、廬山(ろざん)にある峰。「白氏文集」の「香炉峰の雪は簾(すだれ)を撥(かか)げて看(み)る」に因むエピソード。

◆重く~度重なる。◆高高に~ 爪(つ)ま立てて待ち望む様。

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