塵芥仙人ごみせんにん

待ち構えていたかのように、二人の娘が奥にあるキッチンから飛び出してきた。長女は既に会社勤めをしており、五歳違いの次女は、まだ大学に通っていて、ひどく甘えん坊であった。

簡単な挨拶を済ますと、次女は、彼の鞄を持ちながら寄り添うようにして書斎まで付き合った。二人は早々に台所に戻ると、腕によりを掛けご馳走を拵える妻を手伝った。

しばらくすると台所と繋がったダイニングルームの中央に置かれた丸テーブルの上には、大皿料理が幾つも並び、その中央には、メインディッシュである若鶏の丸焼きが、薫り高い青煙を立ち上らせて最大級の存在を誇っている。

この家では、家族の誕生日は外には出ずに、家でゆっくりと祝うのが習わしであった。その度に、一番苦労するのは、自分が主役であろうがなかろうが、母親に他ならない。しかし、そんな苦労を厭わぬ価値があると、彼女は心から思っていたのだ。

皆が席に着くや「お誕生日おめでとう」との唱和と共に、彼の買ってきたシャンパンが祝砲を放った。娘二人は申し合わせていて、母親が前々から欲しがっていたというまことに涼しげな日傘を、そして有三は鼻先を向ければ桃の香でも迷い出そうなピンクに煌めく真珠の指輪をプレゼントした。

まさに幸せを絵に描いたようなこの状況に、有三は酔いしれた。

その晩は随分と酒が進んだらしい。ここのところの疲れも加わっていたのだろう。いつ寝床に入ったかもはっきり覚えていなかった。彼が目を覚ましたのは東雲時(しののめどき)。東の空が薄っすらと白み始めたばかり。妻はまだ、彼の傍らで幸せそうな笑みを浮かべて寝入っていた。

彼は、昨晩、就寝前にするはずであったやり残しの仕事を思い出すと、それを片付けるため、そそくさと書斎に行き、おもむろに鞄を開いた。

次の瞬間、総身の血が一気に引いてしまうほどの聳動(しょうどう)に襲われたのである。確かに持ち帰ったはずのUSBが鞄中のどこにも見当たらない。

中にある幾つかのポケットを弄(まさぐ)ってみてもおのれの指先には探し物の感触は伝わってはこなかった。彼は、非常に狼狽した。慌て逸(はや)る気持ちを抑えようと、一度大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出してみた。