第一章  ギャッパーたち

(二)天地紗津季

紗津季は、母にはこのことを話したことがなかった。母が一人で苦労していることを誰よりも紗津季がよく分かっていた。そんな母に余計な苦労を掛けたくはなかった。また、たまにしか来ない父のことを悪く言われていることを母に言いたくもなかった。

先生も頼りにできなかった。紗津季がいじめられているときに、先生が遠くを歩いているのが見えたことがあった。そのとき、紗津季が先生に助けを求めて悲しい表情で訴えた。

しかし、先生は何もなかったかのように静かに立ち去っていった。確かに、目が合ったのに。あえて無視したことは明らかであった。先生は、普段からPTAなどで母親たちから文句を言われていた。

「クラスに、愛人の子供がいると言うじゃありませんか。教育上よくないのではありませんか。何とかしてもらえませんか」

などといったものであった。美しい紗津季の母に対する妬みに根差した理不尽な言葉であることは明らかであったが、PTAの会合等の場で、先生一人で大勢の母親たちの激しい批判に対抗できるはずもなく、おとなしく受け入れるしかなかった。だから、紗津季の味方をすることができず、たとえ遠目に見えても、見えないふりをするしかなかったのである。

ところが、一人だけで耐え忍ぶ地獄の日々を送る紗津季に、ある日突然、希望の光が射した。その日も紗津季は、同級生たちから、明らかに親のことでいじめていると分かる陰湿な言葉を投げ掛けられていた。一人の男子が、

「お前んち、よそのおっさんから金もらってんだってな」

と言うと、周りの女子たちも口々に、

「まったく、さいてーっ!」、「さいてーっ!」、「ほんと、さいてーっ!」

と責め立てた。

すると、同級生のきんちゃんが近づいてきて、

「お前ら、いいかげんにしろっ! ほんと、バッカじゃねえのかっ!」

と怒鳴った。